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今日学んだこと

分かっていることは書かない。分かっていないから書いて学ぶ。だから「今日学んだこと」なのです。

成長とは、考え方×情熱×能力#14

(写真:風の休日 その2)

マイフェアレディ

こわごわと泰造氏はソファの向こうから顔をのぞかせた。
27、8と聞いていたが、まだ22、3にしか見えない至って童顔の男性である。
プログラムばかり組んでいるから陽に当たらない色白のイメージだったが、よく日に焼けてスポーティな感じがある。
顔は面長で、わざとなのか、ものぐさなのか不揃いに切りそろえた髪を垂らしている。
全体的に日登美父の面立ちを受け継いで、ソフトで親しみやすいマスクをしていた。
黒いTシャツに「freedom from life」と大きな文字で白抜きがしてある。下は洗いざらしのテロテロジーンズ。ここまで年季を入れるには相当時間がかかるから、何万円も払って買う人もいる。そして、お約束の膝小僧の破れ。
いわば、いかにも今風のクリエイターを演出していると歌陽子(かよこ)は思った。

「まあ、二人ともゆっくりしてよ。」

「ゆっくりって、おめえ、どこに座りゃいいんだ?」

そう、この部屋にはソファと丸テーブルしかないのだ。

「あっ、そうか。じゃあ、床の上にでも。」

「床だあ?」

「大丈夫だよ。毎日モップかけているから。」

何か言いたくて、口をモグモグ動かしかけた前田町に、

「前田町さん、じゃ、ご厚意に甘えましょ。」

と歌陽子がニッコリと笑いかけた。
それで、渋々と前田町はフローリングにどっかりとあぐらをかいた。
歌陽子も、膝と膝の間をすぼめて、足先をハの字に開いてペッタリと腰を下ろした。
気取らないカジュアルな服に身を包み、ゆったりとした裾の広いズボンを履いて、さらに淡い色のカーディガンが歌陽子の丸メガネとあいまって、柔らかな印象を与えていた。
ギュッと抱きしめたくなるような華奢な女子のオーラを存分に振りまきながら、歌陽子は行儀よく両手を膝の上に乗せてソファの泰造に相対した。

「メガネちゃんさあ。」

泰造はいきなり歌陽子に話を振った。

「メガネちゃんじゃねえ。歌陽子お嬢様だ。」

前田町は、泰造の馴れ馴れしい言い方が気に入らない。

「生憎僕は、お金や権力が幅を利かす世界の住人じゃないんでね。」

「何言いやがる。嬢ちゃんにスポンサーになって貰おうか、とかほざいていたのはどいつだ。」

「オジさん、気が変わったんだ。メガネちゃんは、俺が考えていたような女の子じゃなかったから。」

「ほう、嬢ちゃんに会って少し自分の浅ましさが身に沁みたか?」

しかし、泰造は分かってないなあ、とばかりに手のひらを上に向けて肩をすぼめた。

「違うよ。この子は、大金持ちの令嬢かなんか知らないけど、ちっともお金の匂いがしないもん。そうだなあ・・・。」

そう言って泰造は、平手で空を切って誰かの頬を張り飛ばす真似をした。

「こんなふうに、札束で人の顔を張り飛ばしたり、やたら高い服装やジュエリーを見せつけたがるタイプならとり入るのは簡単さ。
でも、言っちゃ悪いけどメガネちゃんは、自分の持っている力を分かっていないし、利用しようとすらしないんだから。
ただ、ひたすら僕ら一般庶民に視線を合わせようとしている。でも、それが行き過ぎて、なんて言うか、貧乏たらしいと言うか、滑稽なんだよ。」

歌陽子は思わず目を丸くした。

私、こんなふうに言われたの、初めて。
だって、みんな自分たちと住む世界が違うからって、心を開いてくれなかったんだもん。
だから、私、みんなに合わせようと頑張ったのに。
それが、返って貧乏たらしくて、滑稽だなんて、ひどいことを言う人だ。

歌陽子は気持ちの整理に困って下唇を噛んでうつむいた。

「嬢ちゃん、気にすんなよ。
こいつは昔からこんなところがあんのよ。
人が嫌がることにやたら鼻が効くって言うか、そうやって相手を否定してみせることでしか自己主張が出来ねえツマラン奴なのよ。」

前田町にさんざんこき下ろされて泰造は、フンと横を向いた。

「いいんです。私、いろんなことがあって心はかさぶただらけですから、これくらい気になりません。」

「うっ・・・。」

思わず前田町は言葉に窮した。
歌陽子の心をさんざん引っ掻いてかさぶたをこしらえた張本人の一人が前田町だったから。

それで、思わず激昂した感情がソファに踏ん反り返っている泰造に向いた。

「この、馬鹿野郎が!」

そして、ソファのヘリに手をかけると、ソファごと泰造をバン!と投げ飛ばした。

「ギャーッ!」

無様な叫び声を上げてひっくり返った泰造。

「こら、貴様、嬢ちゃんに詫び入れやがれ。
さもねえと、お上に手を回して二度と日本の土を踏めねえようにしてやるからな!」

「そ、そんなこと出来るもんか。」

ひっくり返って頭を抱えたまま、なおも強がる泰造。

そこで、ポロッと漏らす歌陽子。

「出来ますよ。だって、お母様のお兄さんは外務省の事務次官ですから。」

本当かウソかは知らない。
でも、その時の歌陽子の言い方には、不思議な真実味が含まれていた、
なぜなら、彼女は東大寺歌陽子なのだから。

「え・・・?」

思わず聞き返す泰造。

(#15に続く)