成長とは、考え方×情熱×能力#13
泰造の哲学
マンションのドアから部屋の中に通された歌陽子と前田町。
アメリカで成功したクリエイターの部屋は、一言で言えば実に風変わりであった。
まず、機能別に部屋が仕切っていない。
50平米もありそうな広いリビング、その他にはトイレ、バス兼用と思しき小部屋と、クローゼット、物置があるだけ。
しかも、そこに置いてあるのは、白いソファと丸テーブル、そしてテーブルの上にはノートパソコンが一台だけ。
あとは、ベッドとキッチンと小さな冷蔵庫、その他はひたすら白い壁と木製のフローリング。壁にはコルクボードも、ポスター一枚も貼られていない。壁に立てかけてあるモップが唯一のアクセントと言えば、そう言えないこともない。
ただただ広い空間がそこにあった。
しかし、それで殺風景かと言えば、南側に面した大きな窓から外光が目一杯差し込んでいた。そして、その先には東京湾を含む都内のロケーションが一望できた。
なんて、開放感!
日頃贅沢品に囲まれ、会社では書類や機械に埋もれている歌陽子にとって、何にもない、空間だけが調度になっているその場所がたまらなく贅沢に思えた。
「なんだこりゃ、何にもねえ部屋だなあ。」
前田町にはこの良さが分からないのか、しきりにガランとした部屋をくさしている。
「オジさん、分かってないなあ。何も持たないことは、現代の俺たちが許された最高の贅沢なんだよ。」
なんか深い。
「だって、銀行にお金があって、あとはスマートフォンさえあれば、とりあえず生きていくのに不自由はないだろ?
服だってクローゼットにお気に入りが数着あればいいし、必要なものがあれば、コンビニで24時間手に入る。食べ物だって、電話一本でケータリングができるし、ちょっと歩けば24時間のスーパーだってある。
テレビも、新聞も、本もみんななくても、ネットで情報は取れるんだ。
好きな音楽も、ユーチューブを見た方が早いもんね。」
確かに。
「おめえヒッピーかよ。」
いつの時代?
「オジさん、ブッダの教えにもあるだろ?
人間、生まれるときも一人、死んでいくときも一人。
いずれこの世に置いて死んでいくものを抱えて人生を無駄にするより、何も持たずに人生のキャパを増やした方がいいと思わない?」
凄い理屈である。さっきから歌陽子はすっかり感心して聞いていた。
さすがは、ハリウッドの一流アニメーター。
しかし、前田町はまだ大人の良識で押さえ込もうとしていた。
「よく聞けよ!おめえのことは預かり知らねえ。だがなあ、俺ら一般庶民は、いつ何がどうなるかさっぱり分からねえんだ。だから、せめて自分のもんってヤツを抱えて、少しでも安心しようとするんじゃねえか。そんなささやかな庶民の気持ちも分かんねえのか、アメリカかぶれ。」
前田町さん、それちょっと自虐っぽいんですけど。
「そうだよ。だから、僕はお金を稼ぐんだ。なぜなら、お金があればモノから自由になれるから。ねえ、君なら僕の気持ち分かるよね。メガネちゃん。」
「え?私?」
思わず歌陽子は自分の顔を指差した。
「そう、君。君のような超超超、お金持ちがそこいらの学生のような服を好んで着ているのがその証拠。まあ、ロレックスは驚いたけど、君のコーデは基本数千円以内ばっかりだからさ。モノの誘惑から完璧に解き放たれている証拠だよ。」
「いえ、そんなんじゃありません。私も会社からお給料を貰っている身ですから、分不相応はなるべくしないようにしているんです。
だから、自分の着るものは自分の収入内でって思ってるんです。
ただ、ロレックスは中学の頃から身につけているので、愛着があって・・・。」
それを聞いた泰造はひどく驚いた顔をした。
「え?君働いてるの?まだ、学生の年齢だろ?あ?お父さんの秘書の真似事をして小遣いを貰ってるとか。」
「いいえ、一般の会社のOLです。」
そこに前田町が割り込んだ。
「あのなあ、この嬢ちゃんは、俺らの上司なんだよ。この歳で立派に課長職を務めているのよ。」
「ええっ?」
明らかに意外なことを聞かされた反応。
「いや、その。別に若い上司は不思議じゃないよ。なぜなら、僕らの世界じゃ割と当たり前だからさ。現に僕のチームにも40、50代のメンバーもいたからさ。
でも、前田のオジさんや、あの野田平のメチャ悪オヤジや、うちのオヤジをまとめてるんだろ?
そんなの、魔法か洗脳でも使わなきゃ無理だろ?それとも何?オジさんも人並みにお金に目が眩んだ?」
「ふざけんじゃねえぞ、こらあ!」
ほらあ。
逆鱗にふれちゃった。
前田町の剣幕に、さすがの泰造も慌ててソファの後ろに逃げ込んだ。
「あのなあ、俺らがこの嬢ちゃんを応援するのはなあ、金のためなんかじゃねえ。
不器用だけど、とことん一生懸命なところに打たれるのよ。」
そうなんだ。
(#14に続く)