成長とは、考え方×情熱×能力#11
プログラマー
それから、数日後。
前田町、野田平、日登美の3人は歌陽子(かよこ)の作成した提案書を覗き込んでいた。
感覚派の前田町、野田平に対し、理論派の日登美が一つ一つの項目にチェックを入れていった。
「まあ、ざっとこんなものでしょうか。」
赤ペンで一通りの添削を終えた日登美は、根を詰めて硬くなった右肩を上下に動かして凝りをほぐそうとした。
「どれ、見せてみな。あ、真っ赤じゃねえか。できの悪い生徒だなあ。」
「まあ、野田平くん。彼女はまだ社会人一年生なんだし、頑張っている方ですよ。なんと言ってもやる気があるのがいい。」
さっきから、落とされたり、持ち上げられたり、聞いている歌陽子の顔もその都度泣きそうになったり、笑顔になったり、クルクル変わる。
「まったく、おめえ、さっきから百面相かよ。泣くか、笑うかどっちかにしろ。」
「そんな、私、さっきからそんなに変な顔をしてました?」
歌陽子は自分の顔をさっと両手で覆って表情を隠そうとした。
「まったく、顔の筋肉が緩すぎるんじゃねえのか?何考えてるか丸わかりだからな。」
そこで前田町が話を引き取った。
「でだな、やっぱり実際に動くもんがどうしてもいるわけだ。しかも、後2ヶ月足らずの短え間でやっつけなくちゃなんねえ。
機械の方はなんとかするとして、あとは嬢ちゃんのシナリオ通りに動かすなんてこたあすぐにできっこねえ。」
「ならば、自作自演ですね。」
「おうさ、さすが日登美先生、よくわかっているぜ。」
コンピュータ制御の専門家の日登美には前田町も一目置いていて、ことあるたびに「先生」と持ち上げる。
「言ってみりゃ、シナリオに沿って機械を演技させて、人間がそれにあわせりゃ、いかにもロボットが自立駆動しているように見えるわけだ。だが、そんなプログラムを書けるやつは滅多にお目にかかれねえ。」
「日登美さんでも難しいんですか?」
心配になって歌陽子が尋ねた。
「まあ、もう一人の日登美なら可能かもな。」
すると、日登美が少し困った顔をした。
「あ、うちの・・・ですか?」
「おうさ。」
「でも、うちの息子は今アメリカですよ。」
「何すっとぼけてんだよ。今度の新作は来月公開だろ。だから、次の製作まで日本でゴロゴロしてる頃だろ。」
前田町に突っ込まれて日登美は頭を掻いた。
「いやあ、前さんの炯眼には参ります。」
一人話について行けずにいた歌陽子が前田町に尋ねた。
「あの、日登美さんの息子さんって何やっている人ですか?」
「ああ、日登美の息子は、ハリウッドの有名アニメーションスタジオで、CGのプログラミングをやってるのよ。いわば、何かを人間っぽく動かす専門家なのよ。
ほらっ、あのバケモンがたくさん出てきて、寝てる子供を脅かすアニメがあるだろ。あれも製作チームに入っていたって話だ。」
歌陽子はみるみる間に目を丸くした。
「あの、『ゴブリンズカンパニー』ですよね。私、大好きでした。凄おい。」
「やっばりか、前からアニメオタクっぽいとおもっていたんだ。」
また、例によって野田平が水をさす。
しかし、歌陽子はまったく取り合わずに喋り続けた。
「そんな凄い人が手伝ってくれたら、ぜったいうまく行きますよ!日登美さん、是非お願いします。」
歌陽子の盛り上がりに対して、日登美は渋い顔を作って言った。
「ですがねえ。我が不肖の息子は私の頼みなんかまったく聞かないんですよ。」
「まあよ、日登美の先生もよ、歳行ってできた子供だからよ。ちっと過保護に育てちまったんだな。
だけど、それでとんでもねえ悪ガキになって、悪さしちゃあ、警察の世話になっていたんだな。
それで先生、ついに持て余して身一つでアメリカに追い出しちまった。
まだ、18のガキをだぜ。
だが、日本からの仕送りを元に本場のCGを勉強して、今や日本人じゃ屈指の新進気鋭のアニメーター様よ。
それで一旗あげて、たまに日本に帰るんだが、家には帰らねえ。都内のマンションでずっとゴロゴロしてるって訳だ。」
バツが悪そうに日登美は、
「結局、父子の断絶です。一生懸命仕送りをしたのに、息子との溝は埋まりませんでした。
でも、歌陽子さん、あなたが頼めば別かも知れませんね。」
「そうだな。ビッグネームじゃ、嬢ちゃんも引けを取らねえからな。
せいぜい気張って行ったらいいぜ。」
いつの間にか、また歌陽子は面倒臭いことに巻き込まれたようである。
(#12に続く)