成長とは、考え方×情熱×能力#10
出来レース
「そりゃ、そうだろうな。野田平のヤツ、ジジイの癖して未だに親離れしてねえからな。
子供の頃の品行方正で、可愛らしかったイメージが崩せねえんだろうぜ。」
「ですよね〜。いきなり『僕』なんて言うからビックリしました。」
事務所で盛り上がっている前田町と歌陽子(かよこ)の二人、魚はモチロン野田平だ。
最初は無難に野田平の母親のことだけを報告していた歌陽子も、あまり巧妙に前田町が水を向けるものだから、ついつい母親の前でいい子ぶっていた野田平のことを喋ってしまった。
「あ、嬢ちゃん、危ねえ。」
「え・・・?」
ガツン!「あ痛あ!」
事務所の向こうで朝から居眠りを決め込んでいた野田平が、いつの間にか目を覚まして側に立てかけてあったモップの柄で歌陽子の頭を思い切り引っ叩いたのだ。
「痛あ!あ、頭が割れたらどうするんですか?」
頭を抱えてうずくまりながら歌陽子は悲鳴を上げた。
「やかましい。あんだけ黙っとけと言っただろ。」
「ひどおい。野田平さんが、お母様の前で泣いてたなんて一言も言ってないじゃないですか。」
「は?野田平、おめえ、泣いてたのかよ?」
「あ、ごめんなさい。」
「もう、勘弁ならねえ!手打ちにしてやるからそこになおりやがれ!」
「え?え・・・?」
これは本当に殺されそうである。
しかし、そこに前田町の助け船が入った。
「まあ、許してやんねえ。のでえら。」
「だけど、こいつよう。」
「そろそろ来る頃だからよ。」
「何が?」
トゥルルルルルルル。
その時、歌陽子の机の上の内線が鳴った。
「ほら、来た。嬢ちゃんには、もっとキツイ一発がよ。」
歌陽子はしたたかにぶたれた頭をさすりながら、受話器を取った。
ガチャ。
そして、「はい、東大寺です。」と喋りかけたその声が途中で上ずった。
「あ、ぶ、部長!」
そう、開発部の課長に取って一番怖い人、直属の上司の開発部長だった。
「あ、はい。そうです。・・・そのつもりです。・・・もちろん、ちゃんとやります。
はい?・・・大丈夫です!
はい、前田町さんたちも協力してくれます。
・・・本当です!
今では、いろいろと助けてくれます。
・・・はい。
もちろんです。
・・・分かりました。
今週中には、企画書を提出します。
・・・はい、分かりました。
では、失礼します。」
ガチャ。
はああ。
受話器を置いて歌陽子は大きなため息をついた。
「なあ、川内だろ?」
「はい、川内部長でした。」
「あいつ、若え頃散々俺が仕込んだから、強面だけはピカイチなのよ。」
「え?川内部長が怖いのは前田町さん仕込みですか?はああ・・・道理で。」
「で、なんだって?」
「はい。いきなりロボットコンテストのことを聞かれました。今度のロボットコンテストに参加するつもりなのかって。」
「なるほどなあ。昨日、嬢ちゃんたちが出かけている時に本館が騒がしかったからよ。おそらく、嬢ちゃんのムラ何とかっていう足長おじさんがちゃんと仕事したってことだな。」
「足長おじさん?」
「はっはっは、今の若え娘が知るわけねえか。だけど、つまり嬢ちゃんのオヤジさんがうちに連絡して来たってことだろ?今度のロボットコンテストに顔を出すから日程を教えろとかなんか。」
「お父様が。」
「ああ、それで今まですっかり盛り下がって今年あたりで止めようかとか言っていたロボットコンテストを、是が非でもやらなけりゃならねえってことになった。
だが、何で東大寺のオヤジがロボットコンテストなんぞに興味を持ちやがったか、考えたんだろうぜ。
そこで思いつくのは、嬢ちゃんがムラ何とかにしつこく介護ロボットのこと聞いてたことだ。しかも、それを重役連中がその場で聞いていた。
そんなこんなで、東大寺の小娘がオヤジを動かしてなんかしようとしてるってこたあ、誰でも考えつくわな。」
「はあ、バレバレかあ。」
「まあ、しゃあねえ。こうなるこたあ、全部織り込み済みよ。」
「でも・・・でも何故私がロボットコンテストに参加するって知っていたんだろ。」
「ああ、それか。昨日、社内一斉にロボットコンテストの参加者募集のメールが流れたんで、俺が嬢ちゃんの名前で申し込んどいた。しかも、しっかり『自立駆動型介護ロボット』でな。まあ、言わば戦線布告よ。」
ゴクリ、と歌陽子の生唾を飲み込む音がした。
「戦線布告・・・ですか。」
「おうよ。会社はあまり乗り気じゃねえんだし、役員会でもどうやって東大寺の圧力をはねつけようかって考えているところへ持って来て、うちの一社員がそのものズバリの『自立駆動型介護ロボット』を当てて来るんだもんな。相当役員会も頭来たろうぜ。」
ああ、私なんてことを始めてしまったんだろ。
「だけどよう、出した相手が東大寺の娘っ子だ。オヤジさんと示し合わせているって考えるのが普通だし、言ってみりゃ、身内に盗人の手引きをされるようなもんだぜ。
後は東大寺の手前、是が非でも嬢ちゃんに優勝させなけりゃ示しがつかねえ。だからって、下手なもん出されちゃ、優勝させようにも、社員が怒り出すのが目に見えてる。
つまり、嬢ちゃんには、誰が見てもいい仕事をして貰わなけりゃならねえってことだ。」
「つまり、出来レースってことです。」
いつからいたのか、日登美が不意に口をはさんだ。
「日登美さん。」
「仕方ねえだろ。嬢ちゃんとオヤジさんでここまで段取り組んじまったんだ。あとは毒を喰らわば皿までってな。
心配すんな。あとは腕力でねじ伏せりゃいいのよ。」
なんとも、頼もしい前田町である。
(#11に続く)