今日学んだこと

分かっていることは書かない。分かっていないから書いて学ぶ。だから「今日学んだこと」なのです。

成長とは、考え方×情熱×能力#9

(写真:木陰の流れ)

回答

「あのよ、・・・カ・・・ヨ。」

「え?何ですか?」

「有難うな。その、お袋喜んでたからさ。」

「あ・・・、いえ、いえ、いえ、そんな。私、自分のためにしたことですから。」

野田平に面と向かって礼を言われて、歌陽子(かよこ)は逆に慌てた。

「まあ、何て言うか。お袋が一人で頑張って俺ら兄弟四人育て上げた訳だし、だがな、情けねえかな、親は10人の子を養えど、子は一人の親を養えずってやつだ。最後をあんなところで過ごさせなきゃなんねえのは、情けねえよな。」

「でも・・・。」

やたらシンミリした野田平を半分からかうように歌陽子は言った。

「野田平さん、まるで別人でしたね。『僕』なんて言ったりして。」

ガスッ。

「痛あい!何でグーで殴るんですか?」

「やかましい!要らねえこと言うんじゃねえ。おかげで、礼を言って損した気分になったじゃねえか。」

「もう、前田町さんたちに言いつけてやるから。」

ガスッ!ガスッ!

「クウ〜ッ。」

「もう一言も喋んな。今日見たことは皆んな忘れろ。いいな!グズメガネ。」

もう罵るわ、殴るわ。
初老の男性と若い女性の不似合いな二人の取り合わせのおかしな掛け合いに、ドライバーが思わず声をかけた。

「お客さんたち、仲がいいねえ。親子ですか?いや、おじいさんとお孫さんかな?」

「こら、誰がジジイだ!」

おじいさんと言われて野田平が思い切り凄んだ。

ここは施設からの帰路の駅まで向かうタクシーの中だった。
結局、施設を辞したのは夜の8時だった。
野田平の母親を散歩に連れ出し、深まる秋の林の中を散策した。そして、立たなくなった足を支えながら、実際自分で歩いても貰った。
施設に戻った後、少し休みながら話相手にもなった。母親は、なんでもニコニコしながら聞いてくれる歌陽子に心を開いて、思いついたどんな他愛ないことも嬉しそうに口にした。
やがて、穏やかな時が流れ、入浴、そして食事の時間となった。
入浴中は、なるべく職員さんの仕事の邪魔にならないようにしながらも、母親に付き添い、話しかけたり身体を洗う手伝いをした。
お風呂から上がった母親が楽な浴衣を着て、また部屋に戻ると、そこには夕食の準備が出来ていた。
しかし、夕食を目の前にしても母親は手をつけようとしなかった。
やがて食事担当の職員が来て母親の前に座ると、スプーンを使って母親の口に食事を流しこみ始めた。
母親は口に食事を入れてもらうたび、機械的に口を動かし、何回か咀嚼してやがて飲み込んだ。
それを見ていた歌陽子が聞いた。

「あの、私、お手伝いして良いですか?一応二級の免許は持っています。」

少し職員は戸惑った顔をして、野田平に目で確認を求めた。それに対し、野田平は深く頷いて同意を示した。
それで、職員が場所を変わると、歌陽子は鉄のスプーンの代わりに箸を取って、母親の手に握らせた。
そして、母親の手に歌陽子の手を添えると、

「お母様、どれが食べたいですか?」

と聞いた。
母親は自分で箸を動かして、魚の煮付けを口に運ぼうとした。しかし、思うに任せない手ではうまく箸で挟むことができない。
歌陽子は、母親がしたいことを汲み取って、添えた手で箸を動かした。魚の煮付けを食べたいだけ箸で切り分け口に運ぶ。すると、母親は自分で食べているかのように満足げな表情を浮かべながら一口一口噛みしめて味わっていた。

タクシーで、歌陽子は野田平に今日のことを説明した。

「本当は施設の人だって、私たちみたいに一人一人話相手になったり、付き添って自分の足で立って貰ったり、自分の手でお箸で食べてもらう方が良いのは分かっているんです。
でも、施設に対する予算も職員さんの数もあまりにも足らないんです。
私、今日はそれを確かめに来たんです。」

「だがなあ、お袋を世話になっている立場としちゃあ、俺は職員の皆さんはよくやってくれてると思うぜ。」

「です・・・よね。ほんと、お仕事に口出しばかりして、あの後職員の方にはすごく謝っておきました。」

「職員だって、本当はやってやりたくてもやれないから悔しい思いをしてるんだろうよ。」

「だから、それを少しでもロボットでできるようにするのが私たちの仕事だと思うんです。」

「なるほど、ふわあ・・・それがあんたの出した答えだってことだな・・・。」

「はい。ん?あ、野田平さん、寝ちゃダメですよお。もうすぐ駅に着きますよお。」

(#10に続く)