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今日学んだこと

分かっていることは書かない。分かっていないから書いて学ぶ。だから「今日学んだこと」なのです。

成長とは、考え方×情熱×能力#5

(写真:黄金さす その2)

母親

「こらあ、グズカヨ、グズメガネ、グズ課長、さっさとしねえか。」

「はあ、はあ・・・。なんで、なんでこんなにいっぱい荷物を持ってくるんですか?」

「しょうがねえだろ、お袋への土産と世話になっている職員さんへのお礼と、あとは暇つぶしに、途中腹も減るだろ。」

「はあ、はあ・・・、皆んな野田平さんの荷物ばかりじゃないですか。そうしたら、少しは手伝って下さいよ。」

「ばあか、俺みたいな年寄りがゼーハー言って、お前みたいな若いやつが楽していたらおかしいだろう。」

「だからって、野田平さん、ほぼ手ぶらじゃないですかあ。」

・・・

今朝、歌陽子は東京駅で野田平と待ち合わせていた。
新幹線のチケットをネットで手配して、十分余裕を見て改札前で待っていたが、肝心の野田平がなかなか姿を現さなかった。
このまま指定席に乗れず自由席になろうものなら、野田平が散々ゴネるのは目に見えていた。

野田平さん、早く来てよう。

そして、発車5分前になって、荷物を一杯に抱えた野田平が姿を現した。
そして、いきなり言うことは、

「おい、グズカヨ。何してんだ、手伝えよ。ほら、これもこれも、お前持て。」

華奢な歌陽子に構わず、野田平は自分の荷物をどんどん彼女に投げて寄越した。それを落とさないように必死に受け止めて、やっと一息ついたら、今度は、

「こら、グズ、走るぞ。新幹線に遅れちまうだろう。」

え〜っ!なんでこんなに荷物持ってくるのよお。なんでこんなにギリギリに来るのよお。

しかし、愚痴っても仕方ない。なぜなら、彼は野田平だから。我儘チャンピオンのノダチンなのだから。
そして、なんとか駆け込んだ新幹線の指定席。ところが荷物が歌陽子の席を占領して座れない。一方野田平は、悠々と窓際に席を取って持参した缶ビールをあけていい気分になっている。
結局、3時間半歌陽子は立たされたまま広島に着いた。
そして荷物のほとんど抱え込んだ歌陽子は、毒づきながらドンドン先を歩いていく野田平をゼーハー言いながら追いかけた。

駅からタクシーで15分の場所に野田平の母親が入所してる介護施設があった。
タクシーを一歩降りるなり野田平の顔が変わった。
口元をキュッと引き締め、つばで眉毛を直し、いつもはしないネクタイを締め直した。
これがいつも歌陽子に好き勝手言っている野田平と同じ人物なのだろうか。

でも、やっぱり荷物は持ってくれないんだ。

施設の玄関をくぐり、受付で訪問の目的を告げた。

「あの、野田平郁夜の身内ですが、取り次いでもらってもよろしいでしょうか?」

この人、こんな標準敬語を使えたんだ。

「はい、野田平さんですね。2階の203のお部屋です。まだ、眠っておられるかも知れませんね。」

「構いません。部屋で待たせて貰います。あ、それとこれ、皆さんで召し上がってください。」

と、歌陽子が抱えている袋の一つを手渡した。

「気を使っていただき申し訳ありません。」

「いえ、いえ、お世話になっているのはこちらの方ですから。」

しかし、その同じ手でしっかり歌陽子に領収書を握らせた。

「必要経費だ。」

そして、エレベーターで2階に上がり、手前から3番目の部屋に野田平の母親はいた。
殺風景な部屋に花瓶が置かれ、数本の花がさしてあった。あとは孫やひ孫が書いたと思しき絵や手紙が置かれていたり、家族と一緒に写っている写真が飾ってあった。
窓は開け放たれ、気持ちの良い風が白いカーテンを揺らしていた。
野田平の母親、野田平郁夜はベッドで薄い毛布をかけて貰って気持ち良さそうに昼寝をしていた。
彼女の真っ白い髪が風にほつれて揺れていた。白くなった髪、そして顔に刻まれた深い皺、小さく縮んだ身体、その全てが彼女のこれまでの人生を物語っているようだった。

(#6に続く)