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今日学んだこと

分かっていることは書かない。分かっていないから書いて学ぶ。だから「今日学んだこと」なのです。

着陸地点を意識した生き方

(写真:夕闇)

人生航路

人生を飛行機に喩えた人がいます。
私たちが人生を始めた時が、飛行機で空港を飛び立ったことに当たります。
私なら、50年前に空港を飛び立ちました。
そこから機首を上に向け、上空へと高度を上げていきます。旅客機ならば、シートベルトサインが点いている間ですね。
やがて、機首を水平に保ち、巡航速度に移ります。人生ならば、成長期を過ぎ、成人として社会人を始めることに当たります。
そして、いろんな人生の荒波に揉まれる航路の始まりでもあるのです。
この間、敵機との交戦や、乱気流との遭遇、そしてエンジントラブルに見舞われるかも知れません。不運にして途中で墜落する飛行機もあるでしょう。
それら、一切の苦難困難、山あり谷ありを乗り越えて、人生航路を無事に続けた飛行機にも、やがて航路の終わりが待っています。

人生に軟着陸はあるか

それは、どう言うことかと言えば、どんな飛行機も永遠には飛ぶことはできないからです。つまり、燃料には限りがあります。
同じように人間には寿命があり、事故死、病死、老衰、犯罪に巻き込まれての非業の死等、理由はいろいろですが、人生航路の幕引きは悲しいけれど必ず訪れるのです。
さてその時に、私たちはどうしますか?
飛行機ならば、無事に目的地に到着できれば、安全な空港に軟着陸をすることができます。
では、人生の軟着陸とは何でしょうか?
功成り名を遂げることですか?
後世に残る事業をすることですか?
自分の意思を継いでくれる立派な跡継ぎを育てることですか?
あるいは、多額の財産を子供たちに残すことですか?
多くの家族に見送られて逝くことですか?
高価な墓石で、立派な墓を建てることですか?

人生の記録と終幕

どれも、そうだと言えますし、そうでないとも言えます。
そうだと言えるとは、もし、これら一切が違うと否定されたら、私たちは何を信じてこれから生きたら良いか分からなくなります。
名誉も、地位も、家族も、財産も、そして墓石も、私たちに安心した終幕を保証してくれないのなら、私たちは何を求めて生きたら良いのでしょう。
しかし、そうでないと言うのは、例えばアップルを創業し、世界に多大な影響を与え、自身も大変な富豪であったスティーブ・ジョブズの最後を見れば分かります。
これら一切に恵まれながら、彼は「自分の成し遂げた偉業は所詮レコードに過ぎない」と死の床で振り返っています。
つまり、『レコード』とは、ジョブズがどう生き、どう頑張ったかのログです。それは死に行くジョブズに何ら喜びを与えるものではなかったのです。
それらは、いわば飛んでいる飛行機の中で起きたイベントであり、それでどんなに金銀財宝を積載しようが、墜落する飛行機を1ミリたりとも浮かす力はありません。

着陸地点を意識した生き方

そう考えると、私たちが日々努力して、飛行機の中を満たしている金銀財宝や、地位名誉、家族、友人より、まず考えなくてはならないのは、燃料がなくなった時に安全に着陸できる空港を確保することです。
それは一言で、「着陸地点を意識した生き方」と言えます。
もちろん、金銀財宝、地位名誉、家族を否定したら満足で快適な航路ができなくなるので、それら一切が大切であることは言を待ちません。
しかし、それだけでは人生を安心して生きるのは無理ですし、また本当に勇気を持って生きることもできません。
「人は何のために生きる?」
過去何度も人類が問い続けてきた、この問いはまさに人生の着陸地点を強く意識した時に、真剣な答えを求められます。
臨終のジョブズがそうだったように、今度は私たちが真剣に向き合わねばならない時が必ず来ます。
そして、それは今日かも明日かも知れないのです。