今日学んだこと

分かっていることは書かない。分かっていないから書いて学ぶ。だから「今日学んだこと」なのです。

現場力

(写真:夏雲の電車 その2)

経営と現場

経営と現場、どちらが大切か?
すなわち、優秀な経営者は常に好成績を維持できるか?
経営方針がどっちを向いていても、現場さえしっかりしていれば、業績は安定するか?
しかし、世の中を見ていると、どちらか片方だけで上手くいっていることはないようです。
かつて、ヤクルトを躍進させた野村監督が請われて阪神の監督に就任した時、優秀なはずな監督のもと、三年間の就任期間中一度も最下位を脱することができませんでした。
その後、星野監督時代に躍進したことを考えれば、野村監督時代は基礎固めの時期だったかも知れません。
しかし、記録としては野村監督の野球人生の中では非常に不本意なレコードであったに違いありません。
そして、その後の野村監督の活躍を考えれば、決してその時点で氏の能力が衰えていたわけではなく、現場、つまり選手の意識やスキルとうまく噛み合っていなかったと言うべきでしょう。

いかに三成が優秀でも

これは、いかに指揮官が優秀でも、現場がそれに見合うだけの力がなければ結果が出ない一つの例です。
もう一例としては、関ヶ原の戦いでの石田三成が挙げられます。
石田三成がいかに優秀だったか、それを証明するエピソードには事欠きません。
三成は、朝鮮出兵の時、大軍団に兵站や軍船を手当てして九州の小倉から送り出しました。それを成し遂げた彼の事務能力は尋常ではないと言います。
秀吉が存命中は、常に三成を手元に置いて一切を取り仕切らせていました。そして、秀吉死後は五奉行の一人として豊臣政権を支えました。
しかし、豊臣政権をないがしろにする徳川家康と決裂。家康打倒のため、毛利輝元を盟主に決起し、関ヶ原で三成の西軍と家康の東軍がぶつかりました。
西軍の数は10万、対する東軍の数は7万5千。数から言っても、布陣から言っても西軍の石田三成が負けるはずはありませんでした。

現場なくして勝利なし

戦力は西軍が優っていながら、その実戦意を持って参加していたのは三分の一ほどに過ぎなかったと言われています。
そもそも秀吉亡き後の支配者には、実力者の徳川家康の方がふさわしく、立場はあっても大した所領も持たぬ三成に加担してもあまり旨味はないと大名たちは判断していました。加うるに、豊臣政権下で官僚として否応なく大名たちを従わせてきた石田三成に、人心をまとめる意識がなかったとも言います。
かくして、団結を欠いたまま戦闘に突入しました。そして、ここ一番の戦局で小早川秀秋の造反が起き、そこから一気に西軍は崩れ去ったのです。
いかに優秀な指揮官と言えど、現場を動かすことができなければ、数に勝る大群を抱えながら勝利は覚束ないのです。

現場力

「風雲龍虎」と言われます。
風は虎を走らせ、雲は龍を飛ばします。
どんなに強くたくましい虎も、良い風が吹かなければ走ることが出来ず、神通力を持った龍も雲に乗らなければ飛ぶことはできません。
どんなに優れた指揮官も、それを支える現場あってこそ力が発揮できますし、またいくら現場が優秀でも指揮官がまとめきれなければ力を削がれてしまいます。
つまり、「虎に対して風」、指揮官や経営者に対して優秀な現場、「龍に対して雲」、現場に対して優秀なリーダーがあってこそ、本来以上の力を発揮できることを教えた言葉です。
私のお付き合いのある伸びている会社の経営者の皆さんは、決まって『うちは有難いことにいいスタッフに恵まれてね』と言われます。
それは、良いスタッフに恵まれているから嬉しくて言われるのか、あるいはスタッフを大切にする社長のもとに人が集まるのかも知れません。
しかし、間違いなく経営者と現場がうまく噛み合っている会社です。
私たちは経営者ではなく現場の立場です。
まずは現場力を磨き、「こんなすごいスタッフなら俺が飛ばしてやらねば」と経営者に雲になって貰えるような現場になりたいと思います。