今日学んだこと

生きることは学ぶこと。オレの雑食日記帳。

克服すべきは恐怖心ではなく、依存心である#6

(写真:夏雲の電車 その1)

克服すべきもの

次の日の出社は、歌陽子(かよこ)にとって苦痛でならなかった。
ヘリを飛ばしたのは村方であったにしろ、社員には業務時間中にヘリコプターで乗り付け、屋上から飛び立ったお嬢様の身勝手な行動に見えただろう。
もちろん、村方から会社側にことわりを入れてあったので、公式な叱責はなかった。
しかし、そんなことを知らない社員たちは口に出して言わなくても、きっとこう思ったに違いない。

「なんだ、あいつは!自分が金持ちなのを見せつけやがって。」

「業務時間中にヘリで豪遊なんて、他の社員を舐めている。」

「会社は遊びにくるところじゃないわ!」

無言の圧力を感じながら、歌陽子は本館の玄関を抜け、裏手から開発部技術第5課のある別館へ早足で逃げ込んだ。

はあ、間違っていた。
ほとぼりが冷めるまでは、裏の公園側から出社しよう。

「おはようございます。」

「はっは、コーヒー係、おめえすっかり有名人だな。」

今度はいきなり野田平のからかいのシャワー。

「えっ・・・。」

「ばあか、ぐじぐじ悩むんじゃねえよ。サングラスとマスクで変装して出社すればいいんだよ。」

「じ、冗談言わないでください。そんなことしたら、『芸能人気分か』ってまた叩かれるじゃないですか。」

「あ、おめえ、気が立ってんなあ。そうか、あんまり眠れてないな?そう言えば、ひでえ顔だなぁ。目の下真っ黒じゃねえか。」

「あ、あんまりどころか、全然です。昨日の話を思い出したら、目が冴えちゃって。」

「はあん、おめえ、案外肝が小せえんだなあ。」

「じゃあ、そう言う野田平さんが同じ立場だったら平気でいられますか?」

「タリメーよ、誰にものを言ってるんだ!この会社は俺らが立ち上げたようなもんだぜ。それに比べりゃ、開発案件の一個や二個、屁でもねえよ。」

すっかり忘れていたけど、この人たち凄い人だったんだ。

「・・・ごめんなさい。生意気なこと言って。」

あまりに素直に謝られると野田平も調子が狂うらしく、少し口ごもった。

「い、いいってことよ。それに何だな。思い切りやったらいいぜ。どうせ失うもんなんかないだろ?また、お気楽なお嬢様に戻るだけなんだし。」

いいえ、失うものはあるわ。
お父様の信頼と、私だけの世界の二つよ。

「おい、野田平、やめねえか。嬢ちゃんなりに真剣なんだよ。なあ、嬢ちゃん、ちょっと、こっちへ来な。」

「はい。」

「まあ、座んなよ。」

「はい。」

前田町の呼びかけに歌陽子は、彼の前に腰を下ろした。

「あんた、今どんな気分だ?」

「どんな気分、ですか?一言で言えませんけど、とても高い鉄塔の上に一人で立たされている気分です。
不安なような、怖いような。
せっかくのチャンスなのは分かるんですけど、私こんな意気地なしだったのかって情けなくなります。」

「まあな、それは嬢ちゃんの良いところでもあり、悪いところでもあるんだが。」

「良いところ・・・?悪いところ・・・?」

「あのよ、嬢ちゃんのように生まれついた人間は、うめえもん散々食って、いい服を着て、高え車を乗り回しているうちに、だんだん人を人とも思わなくなるもんだ。いや、それが言い過ぎなら、他の人間ができねえことができるもんだから、自分を特別な人間と勘違いする。
別に悪く言おうってんじゃねえ。
そう言う人間でなきゃ、でけえ仕事をする時に迷いがでたり、要らねえ情け心が出たりするもんさ。
嬢ちゃんはよ、俺らからすれば考えられねえくれえの金持ちに生まれて、そのくせみんなとおんなじところで働いて、おんなじもんを食っている。
どちらかと言うと、俺らに気持ちが近い娘さんだ。そこが、俺には有り難えんだが、だけどよお、あんたの生まれは変えられねえんだぜ。
気持ちは俺らとおんなじところでも、役目はとてつもなく高い目線でこなさなけりゃならねえんだ。
そりゃ、しんどいと思うぜ。」

「はい、怖くて・・・辛いです。」

「嬢ちゃん、あんたが乗り越えなけりゃならねえのは恐怖心じゃねえ。
心のどっか底に、それは自分の仕事と違う、もっと誰かがする仕事だって、他の誰かに頼ろうとする心があるだろ。
乗り越えなけりゃならねえのは、あんたのその依存心の方だぜ。
あんた以外にこの仕事はできねえんだ。いっぺん『誰も頼れねえ』と腹を決めてみな。思った以上に腹が座って、気持ちが落ち着くもんさ。
俺が言うんだから間違いねえ。」

「前田町さん。」

「まあ、腹が座ったら、あとはあまり深く考えねえこった。今すぐどうこうってことはねえ。まずは、その自立駆動型介護ロボットって奴のアイディアを固めようじゃねえか。」

「はい。」

前田町に言われた言葉より、前田町たち頼もしい味方を得られたことに勇気を得た歌陽子であった。

でも、本当の波乱はこれからだ。
いよいよ歌陽子プロジェクトの始動である。

(おわり)