読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

今日学んだこと

分かっていることは書かない。分かっていないから書いて学ぶ。だから「今日学んだこと」なのです。

克服すべきは恐怖心ではなく、依存心である#5

(写真:サマーロード)

父からの試練

「だいたい、この嬢ちゃんとあんたの関係はどうなんだ?言葉遣いは下手でも、明らかにあんたが保護者って感じだ。」

「私は若い頃、10年間東大寺代表の秘書を務めたことがあります。いつも行動を共にして、お屋敷にも出入りしていました。ちょうどその時期が歌陽子(かよこ)お嬢様の幼少期と重なるのです。
私が代表や奥様に代わってお世話申し上げることもあったのですよ。」

「つまり、高給取りのベビーシッターって訳か。」

そうチャチャを入れたのは野田平。
それを軽く笑顔で流して、

「奥様やメイドの手が空かない時は、私がオムツを替えたり、一緒にお風呂に入ったこともあるんです。」

「そりゃ凄え。大人の関係じゃねえか。」

そこで歌陽子はたまらなくなって、

「もう、何想像してるんですか!せいぜい3歳くらいまでのことですよ。」

「ちょっとからかっただけじゃねえか。耳まで真っ赤にしやがって。」

そこで、歌陽子は目を落として、

「許してね、村方さん。
実は私が生まれる少し前に、村方さんは身重の奥さんを亡くされているんです。」

「いや、仕事にかまけて妻の体調の変化に気づけなかったのは私の責任です。
でも、歌陽子お嬢様が生まれた時、私にはとても人の子供とは思えなかったんです。
ですから、歌陽子お嬢様との10年間は、私なりに子育ての幸せを味わうことができた時間だったんですよ。」

「なるほど、あんたがこの嬢ちゃんに肩入れする訳が分かったぜ。
てえか、ちっと過保護な親だな。」

「今回、代表からもそのように叱られました。」

「まあ、スパルタの方は俺らに任しときな。」

「ちょっと野田平くん、あまり話を混ぜかえさないでくださいよ。」

すぐに口を突っ込む野田平とそれをたしなめる日登美、この3人がずっとチームでやってこれた訳が分かる。

ヘリは、だんだん濃くなる夕闇の中を、都会の夜景を目指して飛んで行った。眼下に無数の宝石がだんだん輝きを増してきた。

「実は俺はな、ちっとばかり嬢ちゃんの親父さんには面白くない思いをさせられてるのよ。」

「いわば、呉越同舟ですな。」

「まあ、そう言うこった。それが、こんなたいそうなもんに乗っかって酒の接待まで受けている。だけど、俺らが宗旨替えをしたと思ったら大間違いだぜ。
あくまで、嬢ちゃんの話に乗っかってるだけだ。なんてったって俺らの上司だからよ。
東大寺に協力するのは俺らの本意じゃねえってキチッと切り分けてくんな。」

いちいち前田町の言葉にうなづいていた村方は、口をキッと結んで姿勢を改めた。
そして、歌陽子に向かって、

「では、歌陽子お嬢様に、お父様、つまり東大寺グループ代表の言葉を伝えます。
本件について、グループ各社に打診はしていますが、いまだ自ら進んで取り組む姿勢を見せている会社はありません。
代表は特に、産業ロボットの専業メーカーである三葉ロボテクに、今回のプロジェクトで中心的な役割を果たして貰いたいとお考えです。
ついては、歌陽子様。」

「は、はい。」

「本件に関して、歌陽子お嬢様には東大寺グループの限定的な代表権が与えられます。」

「え・・・、は、はい。」

「おい、嬢ちゃん、『はい』の意味分かってんのか。」

「え・・・?え?」

「つまりはだぜ、嬢ちゃん、あんたが親父さんに代わってうちの社長を説得しろってことだぜ。」

「もちろん、そう言うことになりますね。」

「どうしよう、村方さん。」

「なあ、嬢ちゃん。」

前田町がしみじみとした声を出した。

「つまり、あれだ。獅子は我が子を先陣の谷に突き落とす、ってやつだ。前まで、親父さんは、あんたを世間の厳しい風に晒さないように一生過ごさせようと思っていたんだろうな。
だけどよ、嬢ちゃんの方から望んで世間に飛び出しちまった。親父さんとしては、目論見が外れた訳だが、ここはひとつどこまで本気か試してやろうと言う気になった。
親父さんとしては、もし嬢ちゃんがしっかり務めを果たせたら、それは思いもよらねえめっけもんだった訳だし、うまく行かなければ、それはそれでまたあんたを手の中に取り戻せる。
どっちにしても損はねえ。」

そして、その話を村方が引き取った。

「正直言えば、私は代表からあまりお嬢様に手を貸さないように言われています。やはり、お嬢様の力を見ておられるんだと思います。
ここは歌陽子お嬢様としても覚悟を決める必要があります。」

「あ、あたし、その・・・。」

「しっかりしねえか!コーヒー係。あんたはまた私たちの居場所を作るんだろ。」

「そうですよ。あなたは会社の連中に比べたらまだ腹が座ってますから、大丈夫です。」

もう、野田平さん、日登美さん、ここぞとばかりにけしかけるようなことを・・・。

最後に前田町が、思いを伝えた。

「俺ら、このまま冷や飯食わされたままじゃ終われねえぜ。あんた、俺らの仇を取ってくれよ。」

じっと聞いていた歌陽子は、もはやこれまでと覚悟を決めたように言った。

「父に伝えてください。歌陽子はお引き受けします。かなわぬまでも、全力で最後まであがいてみせます。」

「よし、決まりです。歌陽子お嬢様、頑張ってください。」

はあ、村方さん、重い、重過ぎるわ。
私、まだ社会人経験半年以下なのよ。

と、その時、轟音が響き、ヘリの中に眩しい光が飛び込んできた。

「ここからは機内の明かりを落としますから、存分にお楽しみください。」

パアアアアアアン!
バラバラバラバラ!

「おお!た〜ま〜や!」

最初にさけび声をあげたのは意外に前田町だった。さすが、筋金入りの江戸っ子である。

今日は川沿いで花火大会が行われていた。
ヘリコプターは、その目の前でホバリングをした。
こんな高度で、しかもこんな目の前で花火を見る贅沢を他に誰ができるのか。

パアアアアアアン!
バラバラバラバラ!

宴もたけなわの中、しかし歌陽子は抱え込んでしまった余りに重いミッションに気持ちがついに浮き立つことはなかった。

(#6に続く)