今日学んだこと

分かっていることは書かない。分かっていないから書いて学ぶ。だから「今日学んだこと」なのです。

克服すべきは恐怖心ではなく、依存心である#2

(写真:天空の白馬)

知己の来訪者

その日、三葉ロボテク本社全体にピリッとした空気が走っているのを東大寺歌陽子(かよこ)は感じていた。
普段は接点のない会社の役員たちが、何人も玄関のエントランスをそわそわ動き回りながら社員たちに指示をしていた。
たまたま行きあった総務の佐山清美に聞いてみたところ、上の会社から監査役がやってくると言うことだった。
上の会社といえば、そう、東大寺系列の監査法人か出資会社と言うことになる。
おそらく、会社の監査と同時に東大寺グループの意向を伝えにやってくるのだろう。
歌陽子も東大寺の人間には違いなかったが、三葉ロボテクの一課長としては雲の上の話だ。
そんなことより、早々に事務所に戻ってここの所すっかり溜め込んでしまった事務処理を済ませなければ。

そんな歌陽子に、例によってまた野田平が自分の面倒臭い仕事を押し付けようと待っていた。

「おい、コーヒー係、あのな、このガラクタ処分しておいてくれ。」

ガラクタって、また調達部から部品を持ち出して勝手に作り始めた自称「画期的な試作品」のことでしょ。それをすぐ飽きて放り出して、挙句にガラクタ呼ばわりなんて。
この人の身勝手さは筋金が入っている。
それで、処分しているところを他の課の課長に見つかろうもんなら、「資材の無駄遣い」とか「コスト意識がおかしい」とか散々しぼられるんだから。

「分かりました。では、今日中には片付けておきます。」

「ダメだ!今やれ!こんなガラクタがあったらクリエイティブな思考が止まっちまう。」

でも、廃棄物置き場に行くには、本館の玄関を抜けなくてはならないし、あんなものものしい状態のところにガラガラとガラクタを引いて行ったらどんなに大目玉を喰らうか分からない。
うわあ、絶対に嫌。

「あ、あの、今はちょっと。隅に目立たないように片付けておきますから、後でいいですよね。」

「こらっ!口答えするな!お前は、なんで給料貰っているんだ?」

課長職ですけど。

「お前はゴミやガラクタを片付けてナンボだろ。ゴミ係!」

あ、今度はゴミ係ですか。
これは何を言っても仕方ない。

「はい、分かりました。すぐ片付けます。」

そう諦めて歌陽子は、廃棄物運搬用の台車を取りに向かった。

これは、一度では無理かな。
台車にうず高く積み込んだ鉄屑の山。
まだ、かなりの量が残っている。
まずは、一旦運ぼうと見切りをつけて押し始めたところ、これが意外に重い。
足を踏ん張って体重をかけて、うんす、うんすと何とか動かすことができた。
そして、開発部技術第5課のある別館から、本館の裏手へ入って、玄関のエントランス手前まで20分近くかかってしまった。
台車を近くに止めて、目立たないないようにエントランスの様子を伺う。
・・・あれは、無理。
あんな人がたくさんいたら、とても抜けられない。
どうしよう。野田平さんには、さんざん嫌味を言われるだろうけど、一度引き返そうか。
・・・と、考えていたら、急にエントランスから人が外に向かっていなくなった。
なぜかは、少し考えれば分かることだったが、その時の歌陽子は「いまだ!」としか思わなかった。
そして、近くに止めた台車を押して、うんす、うんすとエントランスにさしかかった時。

「最悪・・・。」

ちょうど、玄関に入ってきたゲスト、そしてそれを取り巻いている会社の重役たちと鉢合わせしてしまった。
目ざとく歌陽子を見つけた重役は、

「き、君い!ダメだろ。場を弁え給え!」

と、ビシリと厳しい声を投げた。
しかし、それを制したのは当日のゲストだった。

「まあ、待ち給え。ん?」

「え?あ、あ、む、村方さん。」

「か、歌陽子お嬢様!」

思わず、重役からどよめきが起きた。
東大寺様の令嬢がうちの会社にいるとは噂では聞いていたけど、本当にいたのか。

「ど、どうしてこんなところで?」

「あ、父に無理を言ったんです。どこか外の仕事を紹介してくださいって。」

「だからって、どうしてここなんですか?あなたは、いずれは東大寺グループの一翼を担うお方なんですよ。」

村方は、長らく東大寺グループ代表、東大寺克徳、つまり歌陽子の父の秘書を務めてきた人物だった。いつも、父と一緒に行動していたので、彼女が幼いころはよく可愛がって貰った。まるで、おじさんのような存在である。
その村方が能力を買われ、東大寺グループのある重要なポストに抜擢されたのは、もう10年も前になる。
今回のことは、あまり父克徳から聞かされていないのか、意外な形の再会に村方はただ驚くばかりだった。

ピシリ!
短い村方の指示が、すぐ脇の人物に飛ぶ。

「君!すぐに代わって差し上げて。」

「は、はい!」

と歌陽子に代わり台車のハンドルを握ったのは、あ、専務さん。
しかし、重い台車はなかなか動かせない。

「なんだ、大の大人が情けない。お嬢様でもさっきまで押していたじゃないか。
君も手伝って。」

そう、指示を飛ばした相手は、あ、常務さん。
二人の重役に台車を任せて村方は、目配せで応接に通すよう指示をした。
すると、飛ぶように社員たちが走っていく。
どれだけ、この会社にとって怖い人なの?
そして、文字通り歌陽子をエスコートして、応接のソファに身を沈めた。
上座は・・・歌陽子だ。その後ろには重役たちが恐縮して一列に並んで立っていた。
まさに、歌陽子からすれば、うわあ、な状況。まだ、この場に社長がいないのが唯一の救いである。

「お嬢様、コーヒーでよろしいですか?」

「あ、あの私はなんでも。」

「あ、そうか、お嬢様は昔からりんごジュースがお好きでしたね。君、りんごジュースを。」

「ち、ちょっと、村方さん、困ります。私は、この会社の一課長なんですから。」

「それは、どういう事ですか?一時この会社に席を置いて実務経験を積むにしても、いきなり課長とは。」

「なんですけど、父の意向もあって。」

「毎度ながら、あの方のなさりようには驚かされますな。」

歌陽子は、なんとか話題の転換を試みようとした。

「ですけど、村方さんは随分と偉くおなりですね。」

「いやあ、監査法人を任されましてね。会計だけでなく、経営アドバイスもしなければならないんです。そう聞くとカッコイイですが、要は不採算部門を切ったり、コスト削減をしたり、すっかりグループの嫌われものです。」

「今日もそれですか?」

まさか、開発部の課を減らすとか言いださないよね。

「いえ、いえ。今日はむしろ縮小より、拡大する話です。実は代表の発案で、機動力のある介護用ロボットの開発を行うことになったんですよ。それでグループ各社に打診をしているんですが、なかなか自ら進んで手を挙げるところがなくて。とくに、三葉ロボテクは産業用ロボットの専門メーカーですからね、こちらも期待しているんですよ。
それで、今日はこちらの社長に直接会って発破をかけようと思いまして。」

「村方さん!」

「はい?」

「その話、もう少し詳しく教えてください。」

(#3に続く)