今日学んだこと

生きることは学ぶこと。オレの雑食日記帳。

悔恨と羞恥の夜を経て、人はまた新生する(中編)

(写真:流れの鳩)

英雄の帰還

敵国に一撃を与えて本国に帰還した面々を、基地では多くの人間が出迎えた。
まずは、スポークスマンを連れた大統領、軍務大臣、空軍大佐、それに連なる上級士官、そして、新聞記者の群れ。
タラップを降りた作戦のリーダーを大統領自ら出迎え、固く握手をした。
そして、かつてない戦果を挙げた英雄として讃えた。
出撃するときは極秘任務と言われ、夜陰に紛れて見送りもなく密かに飛び立った。
それが任務を終えて帰還すれば、多くの人に取り囲まれ、マイクを向けられ写真まで撮られる。
タケルもマイクを向けられ、インタビューを受けた。

「勇敢な若者よ、君の功績により我が国は壊滅的戦闘を避けることができた。君こそは、多くの命の救った英雄だ。」

国のスポークスマンがひとしきり彼を讃えると、群がる記者団に向かって目配せをした。
それを受けて一斉記者たちは質問責めにした。

「なぜ、この任務を引き受けたのか?」
「作戦にためらいはなかったか?」
「両親はこの作戦について、どう言っているのか?」

しかし、記者の一人から飛び出した質問にタケルは絶句した。

「自分の祖国にファットマンを叩き込んで、多くの人間を焼き殺した感想は?良心は痛まないか?」

自分が多くの人間を焼き殺した張本人だって?自分はただ兵隊たちに同行して、ほんの少し任務の手伝いをしただけだ。

タケルの顔色がさっと変わる前に、スポークスマンが合図すると、軍服たちがその記者の身体を抑えてインタビュー会場から連れ出した。

「何も気にする必要はない。君のおかげで彼の国の国民も救われたのだ。」

その後、タケルが聞かされた説明はこうだった。
敵国は戦争の旗色が悪くなるとなりふり構わなくなった。爆弾を積んだ飛行機で体当たりして軍艦を沈めたり、魚雷を人間に操縦させそのまま突っ込ませたり。
戦況が不利と見ると爆弾を抱えた歩兵たちが突撃してくる。
この狂信的集団は、最後の一人になるまで戦争を止めないだろう。もし、敵国での本土決戦となれば、我々は皆殺しにして制圧するしかない。だが、それで被る我が兵の損害も計り知れない。
だから、広域破壊兵器を投下して、わが国との圧倒的力の差を思い知らせる必要があった。
「これ以上抵抗すれば、国の全てをここと同じように焼き払うぞ」とね。

「しかし、なぜ僕なんです。僕が最後のレバーを引かなくてはならなかったんですか?」

「それは君が考えることではない。」

それきりスポークスマンは口をつぐんだので、タケルはその答えを聞くことはできなかった。

そして、翌日の新聞は、タケルたち特殊攻撃隊の戦果の記事であふれた。

「わが国の科学の粋が、惨たらしい戦争を変えた。」
「わが国と祖国を救った少年兵の勇気」

やがて、敵国であるタケルの祖国は無条件降伏し、タケルは軍隊を名誉除隊した。
そして、国の機関に特別待遇で職を得た。
その時、国から与えられた仕事の一つに毎年終戦記念日にファットマンでの特別攻撃について講演することがあった。

「いかに、我々特殊攻撃部隊は果敢に戦い、戦争を収束に導いたか。」

そんなことが何回か繰り返され、タケルも23になった。

幾万の悲鳴

その年の終戦記念日に、もと敵国との国交正常化が実現した。
そして、セレモニーには相手国から来賓が招かれていた。
その中に顔に酷いやけどを負った人物が含まれていた。それは、戦争前に深い親交のあった画家だと言う。
やけどを負った醜い相貌ながら、彼の態度は実にフレンドリーで笑顔を惜しまなかった。
一度は、敵国となって戦った間ではあったが、我が国に抱いている好意は微塵も変わらなかったかと皆安堵した。
その画家は、いつも真っ赤なスケッチブックを携えていた。最初は風景をスケッチするためかと皆んな思っていたが、誰一人彼がスケッチブックを開くところを見たことがなかった。

彼は例年のタケルの講演にも招かれていた。
聞けば彼の方から参加を希望したと言う。
タケルは、かつての敵国の人間にも自分の講演を聞いて貰い、賛同を得られればどれだけ気持ちが楽になるだろうかと考えていた。
そして、彼のいつもの講演が始まった。

その時である。
画家がスケッチブックを持って立ち上がった。
そして、その真っ赤なスケッチブックをタケルに向けて開いて、こう叫んだ。

「この、裏切りもの!俺の顔を見ろ!そして、この絵を見ろ!全部お前がやったんだ!」

その絵は惨たらしかった。
一面火の海を行進する亡者の群れ。
これは地獄の絵なのか?
いや、そうじゃない。あれは人間だ。
服は燃え、縮れて身体にまとわりつき、露わになった肌は真っ赤に火ぶくれをしていた。
そして、身体中から吹き出した血を滴らせて苦悶の行進をする。
絵は一枚ではなかった。
黒焦げになった赤ん坊を抱きかかえ半狂乱の血まみれの母親。
瓦礫に挟まれ、生きたまま焼かれる幼い子どもたち。
川に水を求めて集まり、そこで折り重なって息絶える黒焦げの人間たち。
こんな凄惨な地獄絵図は洋の東西を問わず誰が描き得たのか。

そして、画家はタケルに一生忘れられない言葉を投げた。

「俺の家族が、子どもたちが、あのキノコ雲の下、生きたまま焼かれたんだ。あんなに、愛らしく純真で無垢な魂が生きながら真っ黒に焼かれて炭になったんだぞ。
お父ちゃん、熱いよ、苦しいよって、その声が耳にこびりついて離れないんだ。
お前もまた、同じような苦しみを味わえ。何万もの叫びに責めさいなまれて、残りの一生苦しみもがいて生きるんだ。」

僕の所為なのか。
もしかしたら、分かっていたかも知れない。
あのキノコ雲の下でどんな凄惨な地獄絵図が展開していたか。
だが、敢えて見ないように考えないように封印していた。
そして、二つの国を救った英雄だと思い込もうとした。
だが、全てはウソだった。ゴマカシだった。
どんなに人間が言葉で取り繕おうが僕の罪は消えない。
この世から地獄の業火に焼かれて苦しむしかないのだ。

タケルはいたたまれず、そこを逃げ出した。
そして、その後彼の行方はようとして知れなくなった。

(後編へ続く)