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今日学んだこと

分かっていることは書かない。分かっていないから書いて学ぶ。だから「今日学んだこと」なのです。

悔恨と羞恥の夜を経て、人はまた新生する(前編)

(写真:柿田川の流れ その6)

ファットマン

その輸送機は、ぶ厚い雲の上を飛んでいた。
細長い銀色の大きな機体、それを10幾つのプロペラでやっと持ち上げていた。
まるで大きな蜂の鈍い羽音のようにブブブブブと音を立てていた。
この輸送機には、数名のパイロットと10名近くの特殊作戦を任務とする兵隊が乗り込んでいた。
その中で一番若い兵隊は、まだニキビの跡の残るあどけない顔をした少年だった。
頭を丸刈りにしたその少年兵は、顔つきが明らかに他の兵隊たちと違っていた。
体躯が大きな、彫りが深い赤ら顔の男たちの中で、目も鼻も作りが小さい彼は、ほんの子供に見えた。
飛行機から伝わる鈍い振動を腹に感じながら、少年兵は大きな男たちに遠慮するように小さく身を縮めていた。

彼が乗っている近くの窓からは、眼下の景色がよく見えていた。
やがて、厚い雲は切れ、下に一面の青い海が見えた。そして、その彼方に小さく見えているのが彼らの目的地であった。
鈍い羽音をさせて輸送機は飛び続け、眼下の景色は海岸線から、見渡す限りの街並へと変わっていった。
その輸送機は、ただ一機だけであった。
敵機の不安はなかった。
交戦国には、もはや地方の一都市に飛行編隊を配備するだけの余裕はなかったのだ。
警戒すべき高射砲も、今の高度までは届かない。
輸送機の任務は、ただはるか上空から敵国内の定められた場所に投下をするだけで良かった。少しくらい狙いが外れても問題ない。落としさえすれば目的を達することができる、そんな強力な何かを積んでいた。

「ワン ミニッツ ビフォア、スタンバイ」

リーダーの指示に兵隊たちは慌ただしく動き始めた。

「タケル、レディ?」

「ヤ」

少年兵は短く答えて、持ち場へと移動した。
そこには、大きなレバーが辺りを圧するように突き出ていた。
タケルは、そのレバーに取り付くと、固く握り締めた。
やがて、リーダーのカウントダウンが始まる。

「テン・ナイン・・」

ガクン、と音を立てて輸送機の底が抜けた。
抜けた底に、数本のアームで支えられている巨大な流線型で鉄色の筒が露わになった。
その筒は先端が丸く尖り、尾に向かって細く収束していった。その尾の先には、羽のようなものが取り付けられている。
タケルからは見えないその筒を、兵隊たちはファットマンと呼んだ。
それは、そのズングリとした姿がまるで太った男のように見えたからだった。

「エイト・セブン・シックス・・」

タケルの脳裏には、輸送機の破れた腹から突き出たファットマンが陽を浴びて鈍く光る姿が浮かんでいた。

粉塵の坩堝

「ファイブ・フォー・スリー・・」

タケルは、レバーを握り締めた指先に神経を集中しようとした。
彼は厚い手袋の中で、じっとりと汗がにじむのを感じた。

「ツー・ワン・・ボミング」

その声を聞いたタケルは、ぐいとレバーを倒した。その時、ファットマンを支えていたアームが解除され、鉄の巨大な筒は輸送機から空に躍り出た。
ヒューウウウウウウウウ。
空中に唸りを残して、ファットマンははるか地上を目指して落下していったが、機内の兵隊たちは、その唸りを輸送機のプロペラ音にかき消されて聞くことはできなかった。
やがて、リーダーはこう口にした。

「クローズ アイズ」

タケルは思わず、固く目を閉じた。
そして、はるか後方から、膨れ上がるように激しい閃光が襲ってきた
その後、遅れて鈍い振動が機体を揺らし、男たちは口々に短い叫びを口にした。

ガタガタとしばらく機体を揺すった振動が収まった後、タケルは目を開いてはるか後方の街を見た。
そこは、巨大な粉塵の坩堝だった。
そして、その中から真っ赤な火柱が立っていた。その火柱ははるか上空まで届いて空を赤く染めた。
やがて、火柱は巨大なきのこのような雲に姿を変えた。
それは、実に幻想的な光景だった。
まるで、星の誕生を思わせるような混沌と光の渦、そしてどこまでも広がっていく粉塵の輪。
そこが、いままで人が暮らしていた場所だったことが想像もつかない。
機内の男たちも、タケル同様その光景をあっけにとられて眺めていたが、やがて誰言うともなく歓喜の声を上げ始めた。

「イェー!アイ ガット イット」
「ウイ ガット イット!ガット イット!」
「イェー!」

そんな声を聞きながら、あのキノコ雲の下に何千、何万の人や生活があったことを想像して、タケルはゾッとした。
しかも、この国はタケルの両親の生まれ故郷なのだ。

タケルの国が、この国と戦争を始めた時、大量に入植していた敵国出身者は身柄を拘束された。
タケルの両親も敵国からの移民であったため、タケルを含む家族全員が市民権を剥奪され、収容所へと送られた。
そこで不自由で屈辱的な毎日を送るタケルに、収容所の責任者から呼び出しがあった。

「君を見込んで軍務を頼みたい。君や、君の家族、そしてひいては今は敵国となっている君たちの祖国のためにもなることなのだ。」

そして、与えられた任務は広域破壊兵器、俗称ファットマンを敵国の上に投下する際にレバーを引くことだけだった。
その時、まだ18歳のタケルに軍隊の経験などあるはずもなく、即席入隊での軍務だった。
戦争である以上は命の危険もある。
しかし、この任務に成功すれば、家族の市民権は取り戻せるし、除隊後のタケルの仕事も保証されると言う。
ならば、決して難しい軍務ではないし、家族のためになるとタケルは決意した。
そして、祖国に広域破壊兵器を投下することに反対した両親にも、「敵国の軍事工場を壊滅させ戦闘不能にすれば、早くこの不毛な戦争を終わらせることがてきる」と言う収容所の責任者の説明を伝えて了解を得た。

しかし、この光景は聞いていたのとまるで違う。そんな生易しいものではない。
命への蹂躙だ。
まだ目の前の光景に十分現実味が湧かない今から、タケルの心に苦悩が芽生え始めた。

「自分が悪いんじゃない。ただ言われたことをしただけだ。」

そして、任務を終えて帰ったタケルたち特殊攻撃に参加したメンバーを、本国では敵国に決定的な一撃を与えた英雄として出迎えた。

(中編に続く)