今日学んだこと

分かっていることは書かない。分かっていないから書いて学ぶ。だから「今日学んだこと」なのです。

いっそ愚直に(前編)

(写真:深緑と青空)

朝の森

森は闇と靄に沈んでいた。
ドゥスタラは、その中じっと座禅を組んで瞑想をしていた。
やがて、東天から昇った日の光が靄を通して、森の中を黄金色染め始める。
靄を生んでいるのは、地面から立ち上る朝の水蒸気だった。その水蒸気がドゥスタラの鼻腔に強い土と草の匂いを運んできた。
それを、むしろ歓迎するかのように彼は思い切り朝の空気を吸い込んだ。
まるで、朝の精気を体に入れるかのように、ドゥスタラは、うんと腕を空に向かって突き出し、背をそらして大きく伸びをした。

「ドゥスタラよ。」

心を震わせるように低く、そして穏やかな声がした。

「シュリハンドク様。」

「いつもそなたが先だな。」

「いえ、いままでこのように早く休むことがなかったので、朝も人より早く目が覚めますので。」

「どうかな、ここには慣れたかな?」

声の主は、シュリハンドク、仏弟子の中では十指に数えられる人で、歳は40を過ぎていると聞く。
しかし、そう聞いていなければ、まだ20をいくつもでていないとも見えるし、50を過ぎていると言われればそのようにも見える。
実に捉えどころのない相貌をしていた。
しかし、その表情は声と同様で穏やかで、いつも心に染み透るような笑顔を浮かべていた。

この人がかつて、国一番の呆け者と言われた人なのか。
親近するほど、そのような愚鈍な人物だったとは想像もできない。
確かに鋭さはないが、その代わりたいへんな深みと慈しみに満ちた人物だった。

「実のところを申せば、まだ戸惑うことばかりです。ここでは、欲を抑え、怒りを鎮め、妬み嫉みを出さぬよう正しい生き方を教えられ、実践することを求められます。
こう申しては恥じ入るばかりですが、いままで自堕落に生きて参りました。それを急に変えよと言われてもなかなか教えられる通りには参りません。」

「ドゥスタラよ。」

黄金色の朝日の中、シュリハンドクは陽の光にも負けぬ明るい笑顔を顔に浮かべた。

仏弟子未満

「そなたがここに参ったのは、決して本意ではなかったことはよく存じておる。」

ドゥスタラは一瞬顔に緊張の色を走らせた。

彼は、貴族の出であった。
しかも、王族のかなり高位の一族に連なる者だった。
そして、彼の家は長らく跡継ぎに恵まれず、男子の誕生を待望していた。
そこにやっと生まれた一粒種がドゥスタラであった。
当然、両親のみならず、周りの大人たちは溺愛した。その中自分の強い自我を矯められることもなく、また大人を喜ばす術を狡猾に身につけた彼は自分の狭い世界の王になった。
自然に、自我は走るままとなり、欲の心は暴走し、気に入らぬ者に怒りは噴き上げた。
そして、美しい娘を巡り、同族の子息と諍いの果て、ついに怒りに任せて彼を手にかけてしまった。
それを王が知るところとなり、ドゥスタラは身を拘束された。王はこの狡猾な放蕩者を許す気はなかった。国のためにならぬと、誅殺するつもりであった。
しかし、ドゥスタラの両親は必死に助命の嘆願をした。我らの家財全てを王に献上し、身は奴婢に落ちるとも、何卒我が不肖の息子の命ばかりはお救いください、と。

なれど、罪あるものを許せば国の法が揺らぐ。
ドゥスタラの両親の気持ちも痛いほど分かった王は悩んで、かねてより信奉していた仏陀に悩みを打ち明けた。
仏陀は、こう答えられた。

「ならば、ただちに首を跳ねるが良い。なれど遺骸は私が貰い受け、再び命を与えて仏弟子として生かそう。」

つまり、公には処刑をしたことにして、世間から隠し、仏弟子として第二の人生を送らせようと言う仏陀の申し出だった。
そして、彼はそれまでの名を奪われ、質の悪いことを意味するドゥスタラと言う名前を与えられた。ひとえに、彼が名前を呼ばれる度、それまでの行いを思い出して身を慎むためであった。
名を奪われ、仏陀の元へ送られるドゥスタラに王は厳しく言い渡した。

「命を助けるは、仏陀の大慈悲に接すれば、そなたが更生すると思うからじゃ。
もし、そなたが仏陀を裏切り、また俗世に舞い戻ることあらば、きっと地の果てまで追いかけ必ず誅してくれるから、さよう心得よ。」

それを神妙に受けたドゥスタラは、仏陀の元で仏弟子の真似事を始めた。
しかし、もとより自ら望んで来たところでないので、何事にも身が入らない。すぐに嫌になって投げ出したくなる。
だが、もしそれで放り出されでもしたら、今度こそ本当に死ななければならない。
それで、必死に修行の初歩の初歩の真似事をなんとか続けているのであった。
それでも、ドゥスタラは朝早く起きて、静寂な森の中で座禅を組み瞑想をするのを好んだ。そして、この場所は口うるさい他の仏弟子から離れて一人になれる彼だけの特別な場所だった。
ところが、彼のこのひと時の隠れ家に時折おとずれる人物がいた。
それが、仏陀の十大弟子の一人、シュリハンドクであった。

(中編に続く)