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今日学んだこと

分かっていることは書かない。分かっていないから書いて学ぶ。だから「今日学んだこと」なのです。

0.01パーセントの心の声(前編)

(写真:黄金の溢れる空)

みかん色の電車

まだ、朝の7時前、冬の朝日に向かって走っていく電車を指さして母親はこう言った。

「ほら、ヨシオ、みかん色の電車が走っていくわ。お父さんが乗っているのよ。」

ヨシオの父親は若くして家を購入した。
元気なうちに払い終わりたいと、30をいくらか出ないうちに30年ローンを組んだ。
給料の上がらないうちは、あまり高額なローンを払えないから、地価の安い郊外の物件を選んだ。
家の引き渡しを受け、引越しをした次の日から、父親は片道1時間半の通勤を始めた。
8時半の会社の始業に間に合うために、7時前の電車に乗らなくてはならない。
冬の日の出の遅い頃は、電車は朝日を浴びてオレンジ色に燃えた。
それを母親は「みかん色の電車」と表現したのだ。
まだ幼稚園に入ったばかりのヨシオは、家から見える電車を指さして「みかん色の電車だ〜。お父さん、行ってらっしゃ〜い。」と無邪気に笑っていた。

無神経電車

それから、10なん年が流れた。
幼稚園児のヨシオも今年から高校生になった。
ヨシオは、先生の強い勧めもあって、市内の進学校に通うことになった。
そして、その高校は家からやはり1時間半かかる場所にあった。しかも、始業時間は父親より早い8時10分なので、6時半の電車に乗らなければならなかった。
また週に2回は朝テストがあり、その日は6時の電車に乗った。
彼もまた父親同様、みかん色の電車の乗客となったのである。
しかし、今まで地元の中学に通い、ゆっくりできていたのが、急に朝が早くなったのでなかなか身体のリズムが追いつかない。
頭がボーッとしたまま、電車に乗り込んで、幸い時間が早いのと、都心から離れているためにガランとしている車内の一番良い席に陣取ってすぐに眠りに落ちた。
ガタンガタン、心地よい電車のリズムを聴きながら、夢うつつのこの時間はヨシオにとって至福の時であった。
時折、まばゆい光を放ち始めた朝の太陽が窓越しにヨシオの顔を撫でるけれど、少しも気にならない。陽だまりの昼寝よろしく、ヨシオの夢心地は続く。
しかし、30分も走るとまばゆい外光のベールを脱ぎ捨てて、電車はそのまま地下鉄に連絡した。
暗闇に続くアーチを抜けると、そこは24時間の夜の世界。
パアアアアンと言う鈍い響きを放って地下鉄と装いを変えた電車が行く。
そして、それは都会の喧騒の始まりだった。
プシューッ!
嫌になる程聞かされるドアの開閉音。
そして、ドヤドヤと電車に入り込む会社員や学生たちの靴音。
時折聞こえる女学生たちのおしゃべり声。
ヘッドホンから漏れる喧しい音楽。
そんなノイズにさらされるうち、ヨシオの心地よい眠りは覚まされてしまう。
そして、また目を閉じて、再度夢の世界への突入を試みようとする。
たいてい、そんな時だ。
いつものあの人物が現れる。
年の頃は、80過ぎだろう。
いつも重そうな荷物を手に提げて乗って来る、その老女は多少位置こそは違え、いつもヨシオの視界にいた。
その頃は、もう席が埋まり老女はいつも立たされていた。背が低いのでつり革につかまることはできない。 折良く座席横の鉄製の握り棒に掴まれたら良いが、それも既に人で埋まっていることが多い。
結局、足だけで踏ん張ろうと頑張ることになる。しかし、電車が急に速度を落としたりすると、前のめりに倒れそうになった。
そんなことを毎日何回も繰り返しながら、10駅先で降りてゆく。
しかし、それを横目で見ながらヨシオは席を譲ろうとは思わなかった。
ヨシオにはヨシオなりの理屈があったのだ。

「自分は、こんな遠くから来て遠くまで行くのに、途中から乗って来てさも当然のように席を譲れ言う。そんなに、座りたけりゃ、時間をずらして乗りゃいいんだ。
それに席を譲ったら、自分はこの後ずっと立たなきゃならないだろ。」

ヨシオ以外も、そんなことを考えている人間ばかりなのか、ついぞ老女は席に座れたことがない。
故意な無神経を装った人間を満載して、今日も「無神経電車」が走って行く。

(中編に続く)