今日学んだこと

分かっていることは書かない。分かっていないから書いて学ぶ。だから「今日学んだこと」なのです。

遠いテーマを目指す時代(後編)

(写真:煌夜)

危機感

もっともそれは一つのきっかけに過ぎなかったのかも知れない。
その一事によらず、我々は地球と言う宇宙に浮かぶ不安定な卵にしがみついて生きていることが、再認識されることとなった。
我々が強固な大地と思っているものは、わずか平均30キロメートルほどの薄い殻に過ぎない。その下の3000キロメートルのマントル層は、固体でありながら対流をしている白身にあたる。そして黄身に当たる中核は7600キロもの鉄のかたまりである。
我々は流動を続ける巨大な白身に浮かんだ薄い殻を磐石の大地と思って文明を築いてきた。しかし、そこは地球の気まぐれでいつでも脆く崩される、さながらマグマ上の舞踏会場である。
また、我々に命を供給する太陽も、いつ壊滅的な太陽風を送り込むか分からない。
現に、地球の生態系は過去幾度となく、地殻の変動と太陽からの熱波で壊滅的な破壊を経験してきた。
もはや、外界をコントロールし完璧な生存権を手にしたはずの人類も、唯一自分たちが生存の拠り所としている基盤の崩壊にはなす術を持たなかった。
故に、外宇宙にまで生存域を広げ、種の存続を図ろうと指導者たちは考えた。
それを可能にするのは、星間エンジニアが何百年をかけて開発してきた星間航行エンジンである。
早速、星間エンジニアのリーダーが世界の中心にある巨大な議場に呼ばれ質問を受けた。
そのリーダーとは、北欧系の顔をした20前後の若者であった。
それは300年前、生化学者と会話をしていた、あの星間エンジニアなのだろうか。
しかし、この時代にして未だに300余歳の寿命を保つ人間は考えられなかった。

つながれる生命

議場で議長から、星間エンジニアのリーダーに質問が投げられた。

「星間航行の技術は長らく科学の表舞台から遠ざかってきた。しかし、今その技術が必要とされている。現在の進展状況について教えて貰いたい。」

星間エンジニアは、歳に似合わぬ落ち着いた声でゆっくりとしゃべり始めた。

「議長、我々は少数ながら、星を目指す志を持って、星間航行技術を開発して参りました。
その概要については、人工知能を通じて共有されていますので、すでにご存知のことと思います。
しかし、構わなければ、その前提を無視して、一から私の口でご説明をしたいのですがよろしいでしょうか?」

「続けたまえ。」

「では。
我々人類は既に、成層圏の外側に広大な宇宙ステーションを築き上げています。
そこへは、物資の供給も、人員の交代も長大な宇宙エレベーターによって行われています。そして、そのエネルギー供給も過去100年の間にエネルギー効率を1万倍にまで高めた太陽電池によって、ほぼノーコストで実現可能です。
このように地球の重力圏内の宇宙空間はすでに我々にとって、海外へ渡航するよりも身近なものとなりました。
さて、ここで一つ認識を改めていただかなくてはならないのは、宇宙船はもはや打ち上げるものではないと言うことです。
それこそ4世紀も前ならば、小さな船体を重力圏外に持ち上げるために、その何十倍も燃料を搭載したロケットを使用しなければなりませんでした。
しかし、これからの宇宙船は宇宙ステーションで建設し、宇宙ステーションションから発着するものになるのです。
宇宙への出発は、地球の自転を利用したスイングバイで推進力を得ることができるので、全長数キロと言う巨大な宇宙船ですら、驚くほどの少ないエネルギーで星間航行を行なうことができます。
しかし、未だ亜空間航法と言った超高速の移動手段は想像の産物に過ぎず、スイングバイで得た推進力を徐々にエネルギーの放出で加速したとしても、光速以上の速度を出すことは不可能です。
と言うことは、現在人類の移住が可能と考えられている一番近い星でも、たどり着くまでに何百年と言う時間を要します。そのために、長期に渡り航行者の生活を維持するための都市機能とそれを支える人員が必要になります。」

「つまり、星間移動とは、一つの生活圏、すなわち都市単位の大移動になると言うことかね。」

「その通りです。星間トラベラーはその宇宙船で生を受け、その宇宙船で生を終えることになります。そして、何世代もかけて、新たに人間が移住可能な星にたどり着くのです。」

「もちろん、行ってみたら徒労に終わると言うこともあるだろう。」

「残念ながらその通りです。もしかしたら、永遠に宇宙の漂流者になるかも知れません。
しかし、我々の祖先は今では小舟としか言いようのない船で大洋に乗り出して新大陸を求めました。新天地を求める人たちにとって、リスクは常に避けられないものと考えます。」

「しかし、その都市自体を宇宙に浮かべるとして、その生命を支えるエネルギーや物資はどこから入手するのかね。事前に積載していっても、何百年ももつものではあるまい。」

「それは、ひとえにエネルギーの問題と考えます。エネルギーさえあれば、適切な照度や温度を維持することができます。そうすれば、植物を育て、家畜を養うことも、消費財を生み出すことも可能です。生きるのに欠かせない水分も循環させることにより常に供給ができるのです。
そして、そのエネルギーをどう確保するかが我々の長年の課題でした。」

「その答えは出たのかね?」

「はい、反物質を使用します。」

「反物質?それは自然界に存在しないものだろう?また、それを作ろうとすれば、反物質が生み出す以上にエネルギーを消費するのが定説ではなかったのかね。
それより、宇宙ステーションのように太陽電池を使用する訳にはいかないのかね?」

「はい、もちろん太陽電池も搭載します。しかし、外宇宙は全く恒星の光が届かない空間が殆どなのです。
対して、宇宙船の心臓部は、高性能の粒子加速器です。これは私たちが数百年をかけ改良してきたもので、効率よく反物質を作りだすことができます。また、反物質が物質とぶつかる時に生み出す莫大なエネルギーを安全にコントロールできる技術も確立しました。」

「待ちたまえ。と言うことは、君たち星間エンジニアは、とてつもないエネルギー革新の完成を宣言したことになるのだよ。なぜ、研究途中でも公表しなかったのかね。」

「もちろん、人工知能を通じて情報の共有はしていました。しかし、『星間航行』のカテゴリにタグ付けされていたので、誰も興味を示さなかったのでしょう。」

「なんと惜しいことだ。」

「あと、宇宙船のクルーについて、船の指揮官とその補佐をする主要メンバーは、航海の間中同一人物に任務を行なって欲しいのです。」

「しかし、君は宇宙船の航行は何百年に及ぶと言わなかったか?」

「言いました。」

「ならば、何百年に及ぶ航行の間存命している人間など存在しようか。」

「細胞無限活性化技術の適用をご許可ください。」

「細胞無限活性化理論は、一時期盛んに研究されたが、何世紀も前に絵空事として誰も研究しなくなったのではなかったかね。」

「いえ、細胞無限活性化技術は存在します。その生きた証が私です。私は当年とって350歳になります。
それは、この技術を私に使用したからです。」

「なんと、俄かには信じがたいが、ならば、君はすでに死なない身になったと言うことかね。」

「それは違います。これをご覧ください。」

そう言って、星間エンジニアは、彼の左手を議長に見えるように高々と差し上げた。
そして、その左手には小指がなかった。

「細胞無限活性化理論とは、細胞を科学の力で活性化し続けて、永遠に細胞分裂を促すものです。しかし、何世代も分裂を繰り返した細胞の中には正しくDNAを引き継げず癌化するものもあるのです。この小指はその結果失ったものです。たかだか、300年でこの結果です。おそらく私も1000年はもちますまい。
それでも、私は星へ人類を送り出す最初のエンジニアとなり、その瞬間に立ち会いたかったのです。」

「しかし、まだ星間航行実現までには、千年以上かかるかも知れぬのだよ。」

「いえ、必ず私の命の尽きるまでに実現してみせます。たとえ、どんなに長かろうと目的を見失った生に意味はありません。短い間でも、目的に向かえば命は真に輝くのです。」

(おわり)

今は何でも満たされて、誰も欲しがらない時代と言われます。そして、今の時代に商品開発は非常に難しいと思います。
しかし、それならばあえて遠いテーマを目指そうではありませんか。
そんな星へ行く話ではありません。100万年後の未来とも言いません。100年後でなくても良いのです。
たとえ5年先であっても来るべき未来を想定して今の行動を変える、そんな未来を志向した意識へと変革が求められているのが、今の時代かも知れません。