今日学んだこと

分かっていることは書かない。分かっていないから書いて学ぶ。だから「今日学んだこと」なのです。

相手への期待を手放した瞬間、相手が輝く

(写真:テールレッド・スカイレッド)

仲の悪い親娘の会話

「おい、いつまでテレビ見てるんだ。明日、学校だろ?それに、勉強いつしてるんだ?」

「ちゃんとやってるわよ。今は、キューケイ。」

「嘘を言うな。母さんに聞いたら、8時過ぎてから帰ってきたそうじゃないか。それから、だらだらケータイをいじったり、テレビを見たり、勉強をする時間なんかどこにあったんだ?」

「うるさいなあ、もう。じゃあ、勉強したらどうなるの?お父さんみたいに、立派な大人になれるの?」

「俺のことはいいだろ。お前の人生をお前がどうするかってことを言ってるんだ。」

「私は、私でキチンと考えてるよ。だから、心配しないで。」

「どう考えてるんだ?」

「だから、ちゃんと考えてるってば。」

「どうせ高校出たら、適当にフリーターでもやって、金が貯まったらバックパッカーとかやって世界中を旅してまわろう、とか、そんなとこだろ。」

「ちょっと、それってバックパッカーに失礼じゃない?それに、私、そんなこと考えてないし。」

親の建前、娘の本音

「お前のような根無し草がどう転んだってまともなもんになるか。今まで、まともに一つくらいものになったことがあるのか?
だいたいピアノだって、英会話だって続かなかったじゃないか。」

「そんな子供の頃のこと蒸し返さないでよ。私もう高二だよ。」

「高校になってからだって、勢い込んで始めたテニス部も半年も続かなかったじゃないか。」

「だって、つまらなかったんだもん。」

「つまらないでなんでも済んだら世の中苦労はないんだよ。俺だって、母さんだって、つまらなかろうが、辛かろうが毎日仕事にいくじゃないか。」

「あのさ。そんなにつまらないことなら、何故やめてしまわないの。」

「生きるためには仕方ないだろ。」

「じゃあ、生きるのは苦しむため?辛い思いをするため?それで、本当に生きる意味あるの?」

「馬鹿!じゃあ、俺たち家族みんな首くくって死ねばいいってことか?」

「そうだよ、自分の走ってきたつまらないレールの上をヒイヒイ言いながらこれからも走るんでしょ?それに飽き足らず、私にも同じことをさせようって言うんだよね。」

「黙れ!じゃあ、死ね!死んでしまえ!」

親の期待と娘の思い

「もう!ホント意味わかんない。私の言ってることの方が絶対まともだよ。
お父さん、あのさ、生きるために我慢するって絶対おかしいよ。私ならね、そんなこと言わないよ。
私なら、苦しくたって、我慢したって、それでもやりたいことがあるから生きるって言うよ。ただ、生きるためとか、誰かのためとか、そんなんじゃ意味ない!」

「じゃあ、一生懸命働いて、お前に着たいもの着させて、食べたいもの食べさせて、行きたい高校に行かせたお父さんたちは馬鹿だったってことか?
お前なんか産まずに好き勝手生きれば良かったってことか?」

「そうよ、その通りよ。お父さんは、すぐ私の為って言うけど、本人がちっとも喜んでいないのに、私のためもないもんだわ。
私ねえ、ずっとお父さん、お母さんの着せ替え人形だったのよ。習い事も、綺麗な洋服も全部、二人が喜ぶから合わせていたんだから。」

「は!お前がやりたいって言うから、何でも与えたんじゃないか。」

「子供ってねえ、親にやりたいか?って聞かれたら、誰でも『やりたい』っていうんだよ。自分も昔は子供だったのに、もうそんなことも忘れたの?
みんな、お父さん、お母さんに喜んで貰いたいからだよ。
それに、英会話もピアノも、私の気持ちより、二人の希望でしょ。英語が喋れる子供はカッコイイとか、ピアノが出来たら素敵とか、まあ、テニスは私が選んだんだけど。」

「じゃあ、ホントはどうしたかったんだ?」

「私ねえ、子供の頃、もっともっと、お父さん、お母さんと一緒にご飯が食べたかった。
でも、二人ともいつも仕事で遅いし、私も習い事で忙しかったし。だけど、英会話もピアノも、ちゃんと6年生まで続けたじゃん。」

相手への期待を手放した瞬間、相手が輝く

「だけど、ちっとも身になっていないじゃないか。」

「それは申し訳ないけど、でもやっぱり自分のやりたいことじゃなきゃ身につかないよ。
英会話だってピアノだって、私のやりたい気持ちより、二人がやらせたかったんでしょ。そんなの私の人生じゃない。お父さん、お母さんだって、私のためじゃなくて、自分のために生きてよ。」

「なあ、お前・・・それは無理だ。親ってもんは、どうしても子供のために生きちまう。しょうがないんだ。 昔からそうなってる。」

「でも、私は、私だけのために生きたいの。」

「そりゃ、お前の人生だ。好きにしたらいい。でも、無駄な過ごしかたはするな。」

「あのね、私いま『猫カフェ』を手伝っているの。」

「おい、お前の高校、バイト禁止だろう。」

「違う、ボランティアだよ。ちゃんと市も公認の施設だから。猫もさあ、貰い手がなかったら捕まって、殺処分されるじゃない。犬や猫を合わせたら、毎年何万匹もよ。そんな貰い手がないペットと、買いたい人を出会わせるサービスなの。もちろん、焼け石に水だって知ってるよ。でも、何かしなきゃいられなかったの。」

「つまり、それがお前のやりたいことか?」

「もちろんそれで将来生活していけるわけじゃないけど、できれば、そんな動物保護の仕事をしたいの。」

「う〜ん、だったら獣医さんかな。そこまで言うんだったら、俺たちに本気だって証明してみせろ。」

「でも、獣医さんになるのって勉強たいへんでしょ。」

「当たり前だ!勉強しなくてなれる職業なんかあるか!」

「うわあ、たいへんだあ。」

「もう、お前には期待しないから、好きにしたらいい。その代わり、後悔だけはするな。」

「うん。」

「だけど、応援だけはさせてくれ。」

・・・

さて、この子はちゃんと自分の夢に向かって歩き始められるでしょうか。
それとも、また三日坊主ですかね。
しかし親は、ついつい子供に自分が送れなかった人生を投影しがちです。子供を通して幸せな人生の代理体験をしたいと思うのでしょうか。
でも、子供だって、自分の人格を持っている一個の人間です。
親の願い通りにはなりません。それは、自分たちが、また自分の親たちの期待を裏切って来たのと同じです。
子供を、もう自分たちの期待で縛れないと分かったら、許容できる範囲までは子供の気持ちを尊重するのも大切なのでしょう。
それで、本当に自分の気持ちに正直になれた子供の人生はきっと輝きます。
もちろん、経験や知識の不足で間違えそうになったら、正しく導くのは大人の仕事ですけど。