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今日学んだこと

分かっていることは書かない。分かっていないから書いて学ぶ。だから「今日学んだこと」なのです。

自分が主人公(前編)

(写真:カントリーハウス その2)

映画やドラマなら、自分は主人公になれるだろうか、と考えることがあります。
主人公とはいつも物語の中心にいる人です。
だから、みんなが注目してくれますし、玉が飛んできてもアッサリとはやられません。
しかし、自分に関して言えば、そんなに皆んなが関心を持っているとは思えませんし、玉が飛んでくれば百把一絡げで討ち倒されるその他大勢の一人にしか思えません。
しかし、自分の人生では自分は取り換えの効かない唯一無二の存在です。
どんな人生でも、一人一人がかけがえのない生命を生きているのです。

黄昏の日々

「あなた、また今日も1日うちの中なの。少しは風に当たらない身体に悪いわよ。」
まったく、掃除、洗濯、飯の用意、朝から晩まで動き回っているのに、おまけに亭主の世話まで焼くとは、まったく女ってえのは大したもんだ。
オレと言えば、日長一日、また今日もどう過ごそうか、自分の身体を持て余してるって言うのに。
「あなた、まだ70とちょっとなんだから、家にこもってばかりじゃ勿体無いわ。はやく老け込むわよ。」
ほっておきやがれ。
「お隣のご主人なんて、もう85歳なのに毎日どこかに出かけてるわよ。」
あの爺さんは特別なんだよ。未だに老人会の世話役なんかに祭り上げられて、張り切って行事なんか企画してるんだから。
オレはそんなボランティアなんかに使われるのはゴメンだね。これでも、現役の頃は800万ドルの男って言われたんだ。
それに、「もう85なのに」なんて、まるで動いているのが奇跡みたいに言われて、心の中でカウントダウンされてるのってどうなんだ。
それより、今更生産能力のない人間は、無駄に世の中の資源を消費せず家でひっそり過ごすべきなんだ。
そうして、いつの間にやら溶けて無くなっちまうように消えていなくなるのが老人の嗜みってもんじゃないか。

一番残酷なこと

昔、うまいことを言ったヤツがいたな。
「歳をとって一番残酷なことは、若くて良かった時のことを覚えていることだ」なんだと。
全く、その通りだ。
オレはこれでも若い頃は世界を股にかけて海洋プラントの建設に飛び回ったもんさ。
そう、真っ青な海の上にあんなたいそうなものおっ建てるんだぜ。
オレは心から自分の仕事に誇りを持っていたし、このために生まれたんだと思っていた。
子供たちも、「一番尊敬しているのはお父さんです」っていつも作文に書いてたしな。
オレは特別な人間だったんだ。
そして、オレがプラントを一つ建てるたびに、会社に何十億も利益が転がりこんだ。
だから、会社の連中も有り難がって「800万ドル」の男って持ち上げてくれた。
そんなことをしながら、いつの間にかオレも65の定年の歳になった。
ほんとはまだまだやれたけど、ま、後進に花道を譲らなくちゃならないし、男は引き際が肝心って言うしな。
それで、少なくない退職金を貰って、40年以上の会社員人生に幕引きをした。
それからは、いつも家を空けて寂しい思いをさせていたうちのヤツに孝行をと思って、次から次といろんなところへ連れて行った。
本当に行っていないのは、南極と北極くらいじゃなかろうか。
だが、そんなことも5年もやっていたら、なんとなく飽きちまった。
仕方なく家のあるこの町にへばりついて静かに生きようとしたんだか、それで気がついた。
オレは小金はあるが、それ以外は何も社会から期待されていない存在だと言うこと。
子供たちも自分の生活が優先と見えて、すっかり行き来が途絶えている。
町に出れば「おじいちゃん」「ご老人」「高齢者」だ。
口では丁寧に接してるフリはしてるが、腹ぞこでは「もう、あんたに何も期待してないよ」って思っているのが分かるんだよ。
ああ、嫌だ、嫌だ。

(中編に続く)