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今日学んだこと

分かっていることは書かない。分かっていないから書いて学ぶ。だから「今日学んだこと」なのです。

頼まれごとは、試されごと

(写真:ビル間の巨人)

頼まれごとと受け心

私たちの社会は、頼まれごとと、それを引き受けてくれる人で運営されています。
例えば、町内会の役員が良い例です。
町内会は、会社の仕事と違って、皆んなの無償の協力で回っています。
法律的な義務はないので、参加しなくても町に住めなくなる訳ではありません。と言って、皆んなが面倒くさいからと協力を断わったらどうなるでしょう。
たちまち町内行事は開催できなくなり、楽しみにしていた子供やお年寄りがガッカリします。ゴミ出しも連絡が行き届かなくなって、ゴミ捨て場には毎日生ゴミが溢れて異臭が漂います。公園のような公共スペースは誰も整備しないので草が生え放題になります。
さすがに、それでは非常に住みにくい町になるので、役所の手が届かないところをみんなで協力してキチンと回そうとするのです。
そして、そこには、多くの頼まれごとが発生します。そこで嫌な顔をされたら頼みづらいのですが、みんな快く引き受けてくださるので世の中がスムーズに周っています。
しかし少し前までは、なんでも役所の仕事と考える風潮がありました。特に都市部では住民はサービスを受ける側の意識が強かったように思います。
対して、今は財政難で行政サービスにも限界が来ています。そこで私たち住民がもっと地域運営に関われば、行政が対応しきれない穴を埋めることができるでしょう。
これこそ、今後の少子高齢化や財政難、労働力不足社会に対する解決策かも知れませんね。

出世の要諦

このように頼まれごとと、それを受け入れる人の関係はとても大切です。また、どうせするなら気持ちよく取り組みたいものです。
ところが、快く引き受ければ良いのに、ついつい一言返したくなります。
「え〜?いつまでですか?」
「なぜ、僕なんですか?」とか。
でも、最後はやるしかないと分かって、ヤラサレ感満載でイヤイヤ始めます。
ならば、もっと快く引き受ければ頼んだ方も気持ち良いですし、頼まれた方も嫌な感情を引きずらずに済みます。
でも、そこに一言挟んでしまうのは、自分が相手のために消費する時間の元取りをそれでしようと思うんですかね。
我ながら、バカだなあと思います。
因みに、頼まれた仕事に対して、人一倍熱心に取り組んだ人と言えば豊臣秀吉が有名です。
秀吉のキャリアは、織田信長の草履取りから始まりました。もともと戦国乱世に一旗揚げようと意気込んで、信長の門を叩いた秀吉でしたが、最初に与えられたのは草履番。
いかに主君の草履取りとは言え、普通なら「自分は草履番なんかするために仕官したんじゃない」と腐るところです。
ところが、秀吉は皆から下に見られる草履取りをも大切な仕事と思って勤めました。

頼まれごとは、試されごと

有名なのは、雪の降る寒い日に主君の織田信長の草履を懐に入れて温めた話です。
仕事熱心もここまでくれば見上げたもの、挙句に、信長に草履の上に座っていたと疑われて、危うく手打ちになるところでした。
それでも、秀吉の仕事ぶりは少しずつ信長に認められ、やがて侍に取り立てられます。そして、与えられたのが、城内の炭の管理でした。
武士の本分は戦働きでありましょう。
それを炭の管理のような地味な仕事を命じられたら、やはり「侍になった甲斐がない」と腐るのが普通ではないでしょうか。
ところが、ここでも秀吉は持ち前の仕事熱心さを発揮します。
たかが城内の炭の番、しかし秀吉はそう考えませんでした。炭の出納を一々記録し、特に使用量が増える冬場に、無駄な使い方は無いか徹底的に目を光らせました。
ついには、城中の炭の使用量を3分の1まで削減しました。
それを見た織田信長に「駿馬に荷駄を引かせたのう」と言わしめ、そこから更に秀吉の出世の道が開けたのです。
このように、どんな仕事にでも、そこには頼んだ人間の期待がこめられています。
そこで、期待を裏切れば未来はなく、期待以上の結果を出せば「この男の人は」と取り立てて貰えます。
まさに、頼まれごとは試されごとでもあるのです。

毎日はチャンスの連続

そう考えたら、毎日依頼される雑多な仕事に、そこまで気持ちを入れて取り組んでいるかを反省されます。
例えば、依頼された書類一つにしても、時間をかけずサッと仕上げようという気持ちが先行します。そうすると、雑であったり、情報が欠落していたりと、提出先に迷惑をかけることになります。
対して、人の提出した書類を見せて貰うと、非常に丁寧に書かれていて、貰った人も安心するだろうと思われます。
そして、このようなことを日常的に繰り返していたら、周りや上の人の評価はどうなるでしょうか。
会社なら、まず間違いなくきちんとした書類を出す人の方が先に出世します。
逆の言い方をすれば、日々のちょっとした仕事は評価を積み重ねるチャンスの連続なのです。
自分の与えられている立場や、任されている仕事が、自分の意に沿わないものかもしれません。
確かに、「〇〇部長」や「〇〇取締役」の方が世間体は良いですからね。
しかし、大事なのは、そんな見た目の評価ではなく、自分が頼まれ、任された仕事を本当に全うできているかです。
そして、それが出来ているのなら、大丈夫です。必ず周りは放ってはおきませんから。