今日学んだこと

生きることは学ぶこと。オレの雑食日記帳。

すぐ承認される企画はロクなものでない(其の陸)

(写真:紫陽花の蜜)

単騎

やがて一衛門こと、一瀬惣衛門の策略通り、出城への兵糧は絶たれた。
城にどれくらいの備蓄があるかは、しかと分からなかったが、早晩尽きるであろうと思われた。
「さて、ここで一手じゃ。」
一衛門は時を得たとばかりに動きだした。
「結城団右衛門め、さぞや兵糧を絶たれて苦しんでおることじゃろう。あれほどの策士も、十分兵糧を蓄えるには時が無さすぎたであろうな。
しかし、窮して夜陰に乗じて領内を荒らされては憂いを抱えることになる。あるいは、急ぎ秋津の陣と連絡を取り、稲場へ攻め寄せるかも知れぬ。いずれにしろ、尼上と裏で結んでおったことと言い、油断はならぬ。
じゃが、兵糧が絶たれ、秋津方と孤絶した秋津の兵はかなり動揺していると見て間違いなかろう。
なればこそ、今はこの手じゃ。」
そして、一衛門は共も連れず、ふらりと一騎出城への一本道へと赴いた。
白昼堂々、ゆっくりと一人馬に揺られてゆく。戦乱の世にあって、まるで血なまぐさいこととは縁のない隠遁者のようなのんびりとした歩みであった。
やがて、牛攻めの計が破れた遺恨の場所に差し掛かった。
「なるほどのお、これでは馬はむりじゃの。」
仕方なく一衛門は、道を塞いでいる土くれを越えようと馬を捨てた。
年齢の割に身の軽い一衛門は、なんなく土くれをよじ登り、また出城に向け歩き始めた。
すると、そこに崖上から声が降ってきた。
「何奴、稲場のものか?ことと次第によっては、生かして返すわけには参らぬが構わぬか?」
見るとはるか崖の上から、こちらを目掛けて鉄砲を構えている秋津兵の姿が認められた。
それに対して一衛門は負けじと声を張り上げた。
「それがし、稲場家家臣、一瀬惣衛門でござる。出城の頭領、結城団右衛門殿のお呼びにより参上した。もとより当方に他意はござらぬ。絡め取られるなりなんなりされ、引き立てられよ。」
たちまち、兵からの知らせは出城の結城団右衛門にもたらされた。
「わしが呼んだなどと、すぐに露見しそうな痴れ事を。
余程わしにたばかられたが腹に据えかねておるとみえる。しかし、よくぞ懲りもせず、拙策を繰り返すものよ。なれど、一瀬惣衛門は稲場の古狐と異名をとるほどの曲者。
そのまま首だけにしてしまうが上策やも知れぬ。」
そうして、しばらく思案していた結城団右衛門であったが、
「よい、会おう。」と配下に命じて、一衛門を出城の奥深くへと招いた。
今後、出城での対峙が長期化し、稲場との交渉が必要になったことを慮った対応であった。
さて、
一衛門は単身、配下に囲まれた結城団右衛門と対峙した。
その時、一衛門はその場に集められた兵たちの具足の色が秋津方と異なることを看て取っていた。つまり、団右衛門はこの場を彼の子飼いだけで固めていたのだ。
結城団右衛門は稲場領に来るまでは、腕と才を売って様々な武将を渡り歩いていた。その間、縁を結んだ牢人たちが今団右衛門の子飼いとなっている。必然的に秋津兵の具足揃えと異なるのは当然であった。
結城団右衛門は一衛門を警戒する余り、子飼いの配下のみで身の回りを固めて対面を行なった。それが計らずも、秋津方を締め出しているように見えなくはない。

(其の漆に続く)