今日学んだこと

生きることは学ぶこと。オレの雑食日記帳。

すぐ承認される企画はロクなものでない(其の伍)

(写真:オレンジ・ボール)

団右衛門調略

「二衛門、三衛門、そなたらの策をもっても歯が立たぬか。」
「ハッ!申し訳もない次第にて。」
「まこと不甲斐のうござる。」
「よい、策にも首尾、不首尾があろうて。」
「殿・・・。」
そこで、声を上げたのは一衛門こと、一瀬惣衛門であった。
「やはり、ここは私めにお任せいただく訳には参りませぬか。」
「一衛門か。しかし、結城団右衛門めを籠絡するなど、わしには一番覚束ぬ策に思えてならぬが。」
「いや、よしんば当たらずとも、一番穏健な策にござれば、当方に痛手は全くござらぬ。」
「知恵者のそなたがそこまで言うからには任さぬわけには参らぬの。しかし、結城めが策に乗らぬからと焦りは禁物ぞ。」
「委細承知。」
そして、
城内の一間にて、一瀬、二宮、三田の三衛門が集まって談合をしていた。
「二宮殿、三田殿、そなたらには先に骨折りをいただきご苦労でござった。」
「なんの、我ら及ばずといえど、存分一働きでき申した。あとは、一瀬殿の策が頼みじゃ。なれど、果たして結城めを調略する手立てはあるのでござるか?」
「うむ。そもそも、出城には二組の人間が入り込んでおる。」
「と言うと?」
「結城団右衛門とその子飼い衆、あと秋津の家臣の者共じゃ。一枚岩に見えるが、もともとは別々の利によって集まってるものども。そこにひびを生じさせれば、案外脆く割れるかも知れぬ。」
「なれば、秋津の家臣は結城のことを心から信じてはおらぬと言うことでござろうか。」
「さて、そこまでは分からぬ。しかし、信じられぬように手を打つことはできよう。」
「出城の中に不信のタネを撒くのでござるな。」
「左様、秋津方に結城団右衛門の目的が別にあるように思い込ませればよいのじゃよ。」

水路

三衛門こと、三田真木衛門が声を上げた。
「一瀬殿、それがし、ちと気になることがござってな。」
「申されよ。」
「そもそも井戸も掘れぬ岩場で、出城にこもっている秋津方はどのように水を得ているのかご存知か?」
「それは、崖下を流れる沢から汲み上げているのであろう。」
「なれば、その沢で兵糧を運べぬかと考えたのでござる。」
「しかし、沢は岩場の間を流れ込ておる。まずは、険しき山の中に分け入らねばならぬが、そこまでどう兵糧をもちこむのじゃ。」
「確かに。
なれど我が配下のものが、領内を流れる桂川の上流で具足を流したことがござってな。それがこの沢の下流に流れつてい
たのでござる。」
「はて、桂川の下流と沢ではまるで方角が違うではないか。たまたま似た具足だったのではないか?」
「いや、同じ具足で間違いない。その者の具足には、赤の糸で縫取りをしてあるのでござる。同じものは二つとはござらぬ。」
「なれば、桂川の上流と沢とは別の川筋で通じていると言うことであろうか。」
「左様、この地の川は我らが思うたよりはるかに入り組んでおりまする。この沢に至る思いも寄らぬ川筋があるのやも知れぬ。もしかすると、他国の領内から通じておって、船で谷間を縫えば造作もなく出城の下まで辿り着けるとしたらどうでござろう。」
「うむ・・・。三田殿、それは大いにあり得ること。もし沢に至る川筋を見つけらるれば、秋津方の兵糧を絶つことができるかも知れぬ。さらに、探ってみては貰えぬか。」
「承知仕った。」

兵糧攻め

やがて、三衛門から一衛門のもとに朗報がもたらされるのに時はかからなかった。
「一瀬殿、突き止め申した。」
その報に、その場に集まっていた一衛門、二衛門ともに顔を輝かせた。
「城内の普請方の古老に確認し申した。したところ、領内の古き水路図が蔵されておったのです。」
そう言って、三衛門は懐から古びた図面を取り出して二人の前に広げた。
「これによれば、出城近くの沢へは尼上の領内から水路が伸びております。尼上は先代より我が稲場と盟約を交わしている間柄、よもやと思いましたが、秋津と尼上が密かに手を結んでおるとすれば得心いきます。」
図面を凝視しながら、一衛門は唸るように言った。
「ううむ。なれば、秋津のことを伏せて、我が方からも水路のこと申し入れてみるかの。」
「尼上にでござるか?」
「左様。形の上では、稲場と尼上は盟約の仲、しかも今盟約が破れて困るは尼上の方であろう。故に、我らから水路のこと申し入れようとも秋津のこと表に出せるはずもない。
むしろ、露見を恐れて秋津への便宜は取りやめるであろう。」
「なるほど、我ら労せずして出城への兵糧を絶つことができるのですな。」
「なれば。」
そこに二衛門が割って入った。
「その水路を抑えれば、沢から出城への攻略口が開けるのではござらぬか。されば、ここは一気に。」
しかし、一衛門は軽く二衛門を制して言った。
「焦るまいぞ。我が策は、あくまで出城を無傷で手に入れること。力押しは最後に取っておきなされ。まあ、さほど時はかからぬと見ておる。」
そう、一衛門は確信有り気に薄く笑った。

(其の陸へ続く)