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今日学んだこと

分かっていることは書かない。分かっていないから書いて学ぶ。だから「今日学んだこと」なのです。

伝えた、と、伝わった

(写真:5月の紫陽花)

言いましたけど

「あの、聞いていないんですけど。」
「いや、ちゃんと伝えましたよ。」
「え?いつ?」
「だから・・・ほら、3日前にメールで依頼しているでしょ。」
「あ、ホントだ。」
「ホラァ。」
「だけど、こんな大切なことは電話等でフォローしてくださいよ。」
「え?自分悪者ですか?」
「いや、そう言うわけでは。」
「ちゃんと送ったものは見てくださいね。」
「・・・。」
「お願いしますね。」
「はい・・・済みませんでした。」
・・・
最近は何でもメールで手軽に連絡する。
メールの利点はたくさんある。
一、伝えた方からすれば、きちんと伝えた証拠が残る。
二、多くの情報を漏れなく、短時間に伝えることができる。
三、受取り手が分かりやすいように筋道を立てて文章を作成できる。必要ならば、説明資料も添付できる。
四、受取り手も受信したメールを手元に置いて、何度も確認できる。
・・・等々。
ただ、それで弊害も起きている。
それは、受けた側がきちんとメールを開いているか、またメールの内容を理解しているか、その確認がおろそかになるからだ。
そして、いつの間にやらメールを見ていない方がすっかり悪者扱いされる。
もちろん、そう言う運用で合意している場合もある。しかし、メールは相手の忙しさや仕事の詰まり具合を考慮せず、一方的にバンバン飛び込む。
長時間メールを開けない状態にあって、時間が出来てやっと確認することができたら最早手遅れ、なんてこともある。
メールにしろ、その他のコミュニケーションツールにしろ、きちんと伝わるのが第一。その一番肝心なことがおろそかになるのは本末転倒である。

伝えた、と、伝わった

メールを送る。→見て貰える。
それは、あくまで送信者の希望。
現実には、そもそもメールを見ない習慣の人もいる。
また、どうでも良いメールが多すぎる。
大量のスパムや、時に怖い攻撃メールの山に大切な連絡が紛れてしまう。
だから、一概に見てくれない人を責めるのはお門違い。
そもそも自分たちが正さなくてはならないのは、「伝えた」と「伝わった」の違いをきちんと切り分けること。
「伝えた」はこちら側の認識、「伝わった」は相手側の認識。
伝わる、伝わらないは、相手に届いて初めて成立することで、こちらだけの認識では完結しない。
またメールに寄らず、言いさえすれば相手は受け取っていると言う思い込みもよく起こっている。
「おい、この間、担当者に聞いたら全く自覚なかったぞ。ちゃんと伝えたのか?」
「はい、間違いなく目の前で言いました。」
「じゃあ、なぜ、『え?』みたいな反応なんだ?」
「それは、きちんと理解できなかったのかと。」
「じゃあ、伝えていないのと同じだろ?」
「いえ、目の前できちんと伝えましたし、復唱までさせました。」
「いや、そう言う手続きの話ではなく、相手に伝わったかどうかを問題にしているんだ。」
「ですから・・・。」
なかなか認識の溝は埋まらない。

伝わった、の定義

そもそも、伝達者氏とその上司では「伝わった」の定義が違う。
伝達者氏にとっては、「伝えた」と「伝わった」は同義。
きちんと取るべきプロセスを取って伝達しているのだから、あと受け取るか受け取らないかは聞く側の責任だと思っている。
しかし、目の前ではっきり言い渡しても、復唱までさせても伝わらないことはある。
それは、相手が他のことを考えてうつつだったかも知れないし、あるいは言われたことを理解できるだけの情報を持ち合わせていなかったからかも知れない。
例えば、現場でよく見かける危険行為を、二度としないように言い渡したとする。
しかし、その危険行為をしないと効率がガタンと落ちる場合、現場は何より仕事をきちんと回すことを優先する。だから、「ダメなことはダメ」と言われても「何を言っているんだ」とまともには取り合わないだろう。
それでは、言葉を聞いていても伝わっているとは言えない。
「そうか、そんな危ない行為だったのか」とよく納得すれば危険行為をしなくなるし、それで初めて伝わったと言える。

伝える側の責任

あるいは、仕事の依頼をする場合も同じ。
通り一遍、やって欲しいことを伝えただけでは、期待通りの成果は出ない。
やはり、仕事には、なぜそれをするのかと言う目的が大切。またその目的に応じた成果も求められる。
例えば、プレゼンテーション資料の作成を依頼する場合でも、プレゼンの相手が詳しい人か、あるいは知識のない人か、現場の担当者か、経営層に近い人かで書くべき内容は変えなくてはならない。
しかし、とかく受ける側は少しでも楽に済ませたいので手間を惜しんで軽めに受け取る。そのため、プレゼン直前に出来を確認したら、全く自分の考えていたものからかけ離れていたと言うことが往々にして起こる。
これは、依頼者の意を汲まなかった作業者がお粗末とも言えるが、相手が仕事の精度を理解するまで伝えなかった側の責任も大きい。
これは伝達ミスと言う事故と言える。
事故は最低3つの要因が絡んで発生する。
一つには、聞き手の理解不足。
二つには、伝達事項の複雑さ。
そして、三つは伝え手の「伝わった」と言う思い込み。
事故はいつも起きる訳ではないから厄介。そして、好事魔多しと言われるように、大丈夫と安心している時に起きやすい。
だから、自分が伝え手の時には気を張って、進んで事故の一因を取り去りたいものである。
「伝える」は自分のこと、「伝わった」は相手のこと。人のことは変えられないが、自分のことなら変えられる。
出来る限りきちんと伝わるように努力したい。