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今日学んだこと

分かっていることは書かない。分かっていないから書いて学ぶ。だから「今日学んだこと」なのです。

正解は、指示の真逆

(写真:春の水田)

似て非なるもの

似て非なるもの。
例えば、男性と女性。
男からすれば、髪の長さとか、体型とか、わずかな違いはあるものの、女性も所詮は同じ人間だと思っています。
そんな女性には失礼ですが、化粧もせず、スカートもはかない人は、見た目はほぼ男性です。
そんな気安さが手伝って、自分と同じように考えていると思ったら、しかしそれは大間違い。
理詰めで説得しようとして、アッサリ感情で否定されます。かと思えば男性で気づかないような細やかなところまで行き届いたり、信じられないくらい我慢強かったりと、長く一緒に暮らしていても分からないところばかりです。
そんな違いがあるからこそ、女性と恋愛感情も生まれ、求め合うのかも知れません。

指示と正解

他に、似て非なるものに、「指示」と「正解」が在ります。
「指示」とは、リーダーや上司から与えられるものです。
そして、受ける側からすれば、「指示」は「正解」とほぼ同義です。
それは、「指示」の通り行えば間違いないと信じているからです。
少なくとも、「指示」の通り行った結果うまくいかなくても、自分が責任を問われることはありません。反対に、例え自分が正しいやり方を分かっていても、「指示」の通り行わなければ問題視されます。
だから、メンバーはいつもリーダーに正解を求め、リーダーには「正解」を出さなければならないプレッシャーがのしかかります。
実際、部下が何人も出来た時には、自分が間違った指示を出せば全員がおかしな方向に走り出すと言う恐怖感がありました。
しかし、リーダーも人の子、いつも正しい訳ではありません。と言うか、むしろ間違っていることの方が多いかも。
でも、そこをメンバーがフォローしてくれるから、何とか回るのです。
リーダーはそれくらいにおおらかに構えていた方が組織はうまく回ります。
つまり、リーダー自身「指示」に間違いがあるのは織込み済みで、だから「指示」と「正解」は必ずしも同義ではありません。

指示の生むもの

「指示」の通りにして貰いたいのと、「指示通りでは困るのと。
リーダーの気持ちは、それが相半ばする矛盾した状態です。
でも基本は、まず指示の通り実行して貰わねばなりません。
リーダーの指示を聞かずに、メンバーが自分の思いだけで動き始めたら、それは統制のない烏合の衆ですし、崩壊教室のような様相を呈します。そして、おそらくそのチームは何事もなし得ないでしょう。
また、一から十までメンバーを手足のように動かして、自分の思うままに進めたいと思うリーダーもいます。
それは、自分に自信があったり、メンバーに対する評価が低かったり、あるいは職人のように自分の仕事に徹底的にこだわっている場合に往々に見られます。
そして、自分の指示からの逸脱を許しません。「何故、自分の指示通りにできないのか」と厳しくメンバーを叱責する場面もあります。
もちろん、リーダーとメンバーは違う人間ですから、全く同じようにするのは無理です。
必然的に、やり方も結果も違ったものになります。
それを良しとすれば良いのですが、それが許せないリーダーは全てを自分で決めて、その通り動かそうとします。さながら、脳みそと手足の完全分業です。
しかし、リーダー一人で全てを決めるのは所詮無理があるので、彼自身が組織運営のボトルネックになります。
つまり、何を動かすにも、リーダーでないと判断できないので、決め事がリーダーの前に積み上がって停滞します。そして、組織が機能不全に陥るのです。

正解の生まれる場所

私たち指示を受けるものは、判断をしたら責任を負わなくてはならないと言う組織のルールをよく理解しています。だから、上から下りてくる「指示」を無条件に受け入れ、その通りに実行しようとします。
それが一番私たちにとって安全で楽だからです。
しかし、自分達に裁量権が一切なく、指示通りにできたかできなかったかだけを問われる組織では全くやり甲斐がありません。
それに、前段の如く、リーダーで全て抱え込んだらパンクします。また、もしそれでうまく回る組織があるとしたら、かなり前例主義的な硬直した集団でしょう。結局トップから下々に至るまで、誰も判断をしないから、何も生み出さない、何も変えられない残念な組織です。
そんな場所で、「指示」を間違いなく実行したとして、本当の「正解」は生まれるものでしょうか。
思うに、「指示」はリーダーだけで出来ますが、「正解」はリーダーとメンバーとの共同作業でしか生まれません。
リーダーはいつも「正解」を出さなければならないと言う脅迫観念を捨て、自分が足らないところをメンバーに補ってもらうくらいの気持ちが必要だと思います。
「指示」と「正解」は本来真逆であり、生まれる場所も違います。
そして、この「指示」と「正解」の関係をよく心に留めておきたいものです。