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今日学んだこと

分かっていることは書かない。分かっていないから書いて学ぶ。だから「今日学んだこと」なのです。

この歳故の身の慎み方

(写真:ぶっかけ部)

弱冠、而立

年齢を、二十歳(はたち)、三十路(みそじ)、四十路(よそじ)、五十路(いそじ)と表現することがあります。
最近なら、アラサー(30前後)、アラフォー(40前後)、アラフィフ(50前後)ですかね。
昔の中国には、もう少し味わい深い言い方があります。
そう、「弱冠」「不惑」と言われる、あの言い方です。
まず、「弱冠」とは20歳のことです。今でも、若い人のことを「弱冠25歳」とか言います。
古代中国で「弱」とは20歳のことで、「冠」とは男子が20歳になると元服して冠を被ったことから来ています。
次に、30歳のことを「而立」と言いました。
論語に、「三十にして立つ」とありますが、男子が30歳になれば、学問が備わって自分の立場が出来上がることから、そう言われます。
日本では学問は大学までで、それ以降は仕事以外のことを学ぶ機会は少なくなります。対して、古代中国の志ある男子は30になるまで一心に学問をして、身を立てようとしていたのですね。

不惑

そして、40歳を「不惑」と言います。
今日の日本でも、「不惑の歳を迎える」と言います。
これは論語の「四十にして惑わず」から来ており、人生の方向が定まって迷わなくなるから、このように言われます。
現代でも、40歳と言えば中間管理職として、一番の働き盛りです。子供も中学生くらいで、家も購入し、とにかく脇目もふらずに頑張らなくてはなりません。
そうすると、良くも悪くも人生が定まるので「不惑」と言えます。
とは言え、感情に任せて失敗したり、意気地なしでウジウジしたり、現実は惑いだらけです。正直、「不惑」の歳を10年以上過ぎても惑ってばかり。
それに比べ、さすが中国は君子の国だと感心します。

知命

50歳は、「知命」と言います。
論語には「五十にして天命を知る」と教えられています。
長命な現代人でも、50になれば人生の終わりが見えて来ます。
若い頃は、いつかいつかで全く違う自分になることを考えてばかりいました。
つまり、上がることばかりに気持ちがいっていましたが、人生の残りが見えてくると、ありのままの自分を受け入れて、後はどうまとめるかに関心が移ります。
「天命」なんてカッコの良いものではありませんが、自分の一生の短さが分かり、残された時間の中でどこまでできるかを真剣に考えずにおれなくなります。
子供を守って立派に育てたから良しとするか、小さいながらも我が家を持てたことを良しとするか、あるいは会社で出世して功成り名を遂げたことで満足とするか。
中には、この歳からさらに馬力をかけて頑張る人もいます。
50近くになって、全国を測量して日本全図を編纂した伊能忠敬がそうです。
「知命」の歳にしてまことに意気軒昂ですが、彼こそ自分が生涯をかけてなすべきことを知り、それに残りの人生を燃やした人です。

年相応の自分

しかし、「不惑」を迎えても、「知命」になっても、中国の君子には遠く及びません。
歳ばかり取って、惑いばかりでフラフラしています。一番頑張るべき時に、時間の無駄遣いばかりをしています。
感情に流され、欲や怒り、恨み妬みにやられっぱなしです。
この歳ならば、同年に部長もいれば、教頭先生や、大学教授もいる。皆んな、ひとかどの人ばかりなのに、自分の体たらくはなんとしたことか。
残念でありますが、これが自分なのだと受け入れて、自分なりの恥ずかしくない人間になるしかありません。
人からは褒められなくても、誰かの心に残る人生でありたい。
人を威服させられなくても、反対に人を許容できる人間になりたい。
そして、たった一つ、一番大切なことを成し遂げたい。
そう思います。
年相応の人間かと問われれば、恥ずかしくなることばかりです。しかし、自分なりの「知命」を得て、悔いのない人生を送りたいと思います。