今日学んだこと

分かっていることは書かない。分かっていないから書いて学ぶ。だから「今日学んだこと」なのです。

一問一答

(写真:車窓の富士)

問いに答える

同僚が愚痴を言います。
「あの業者さん、聞いたことしか答えてくれないもんな。」
ちょっと聞くと、彼はおかしな事を言っているように思えます。
まがいなりにも聞いたことに答えてくれるなら、業者さんはキチンと務めを果たしているのでは?
全く違う答えが返ってきたり、答えの内容がさっぱり要を得ないのならば、同僚の愚痴も分かります。でも、そんなことはないようです。
しかし、同僚はやはり不満顔をしています。
何故でしょうね。
それは、彼は聞きたかった答えが全て聞けていないのです。
それは、一問一答だからです。

一問一答

一問一答、それは質問者に十分な知識があり、よく背景を理解している場合に初めて有効です。
例えば、知りたいことついて、事前の調査でだいたいの背景が分かっているします。しかし、その中にどうしても辻褄の合わないことや、裏付けを取らなければならないことが発生します。
そこで、そこに絞って聞き取りをすれば、後の部分は自然につながります。
その時に交わされるのが一問一答です。
ちょうど会見を開いた政治家や芸能人に対して、記者たちする質問が良い例です。
「その裏金の存在を本当にご存知なかったのですか。」
「それが政治資金の不正流用になるとは考えなかったのですか。」
「その業者との関係はどのようなものをだったのですか。実際に金銭の受け渡しはあったのですか。」
とか、
「その女性とのお付き合いについて、今の奥様はなんと仰っていますか。」
「奥様との関係はいつ頃から冷え始めたのですか。その原因は何だったのですか。」
とか。
対して、答える方も出来るだけ突っ込まれたくないものだから、最低限の返答で済ませようとします。
つまり、時間の限られる中、聞きたいことだけに絞って質問し、聞かれた方も下手に話が広がらないよう回答を抑えます。
そして、このような一問一答では、同僚は満足できなかったのです。

全てが言葉になってはいない

何故満足できないかと言えば、同僚は聞きたいことの全てを言葉にできていないからです。
少し分かりやすい例を出したいと思います。
例えば焼酎のど素人の私が、飲み屋さんでお勧めの銘柄を質問する場合を考えます。
「ご主人、自分、焼酎とか飲んだことないけど、麦焼酎ってどう?」
「麦焼酎ですね。匂いや癖が少ないから、初めての人向きですよ。」
「本格麦焼酎って言うけど、どう違うの。」
「よく売っている軽めの焼酎に比べて、度数も味も重いものを言います。」
「度数と言えば、だいたいどれくらい?」
「まあ、銘柄によりますがね。」
「じゃあ、この『いいちこ』はどう?」
「だいたい25度くらいです。」
「それ高いの?」
「ビールが中ビンで5度くらいなので、かなり高いことになりますね。」
「じゃあ、『いいちこ』に合う食べものって何かな?」
「塩辛なんかよくたのまれますよ。」
・・・
この店主、ちょっと愛想が悪いですね。
せっかく焼酎をたのもうと思ったのに、かなり気持ちを削がれてしまいました。
こちらが十分な知識を持たない時には、知りたいことの全てを口にできないものです。
そんな時は質問を受けた人が、質問者の意図を補って回答をしなければ会話が成立しません。

問いを発した相手を知る

一問一答は、お互い分かっているもの同士で交わされる問答です。
しかし、前段のように質問者が十分な知識を持っていない場合は、一問一答では満足を得られません。
質問者に対して、どのような回答をすべきかは、問いを発した相手をよく見る必要があります。
事前にある程度の知識のある人なのか、それとも全くの白紙状態か。
質問されていることだけに回答すれば良いか。あるいは、こちらが知識を持っていることで補って回答した方が良いのか。
居酒屋さんの例で言えば、初心者向けに口当たりが良い銘柄や、度数が抑えられている銘柄をいくつか提案するのも良いですし、今食べている料理に合わせてピッタリの銘柄を提案するのも良いですよね。
ここで気に入って貰えれば、焼酎のことをもっと知りたくなって、通って貰えるかも知れません。
また、私がお客さんに対応した時、名前を尋ねられることがあります。
そして、思い出してみると、お客さんの知りたそうなことを先回りして情報提供した場合に名前を聞かれることが多いようです。
とかく、質問には最低限の回答をして、さっさと切り上げたくなるものです。
しかし、それだけでは一問一答のようになり、お客さんは満足されません。
やはり、質問をしている相手をよく見て、適切な対応を行いたいものです。