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今日学んだこと

分かっていることは書かない。分かっていないから書いて学ぶ。だから「今日学んだこと」なのです。

状況に対する視界を広く取る

(写真:暮れなずむ桜 その2)

自分の観点、相手の観点

相手の言うことに無性に腹が立つ。
「なんだ、あの上から目線は。」
「だけどさあ、君もできの悪い後輩に対して、もっと酷いこと言ってるよ。」
そう言われて、思わず心の中で自分の口に蓋をする。
人に言う時は、割となんでも平気で口にするくせに、ちょっと言われるとたちまち湯を沸かす。
「言った方は忘れているが、言われた方は一生覚えている」と言う怖い言葉もある。
確かに、自分の視点からは見えないものが間違いなくある。それは相手の視点からの景色である。

自分中心が視界を狭くする

公共広告機構の昔のコマーシャルに、こんなものがあった。
子どもが一人登場して、周りの大人たちを見上げている。
小さな子どもから見れば、普通の大人ですら大きく、常に自分を見下ろしている存在である。そして、何気に放たれた一言も、ひどく大きく怖く響いて、スッカリ子どもを萎縮させてしまう。
そこに、子どもの母親らしき女性が近づいて、我が子の目線と自分の目線が合うように腰を落として優しく話しかける。
ナレーションは、「子どもの目線で話しかけでいますか。」
・・・
幼い子どもはなんでも怖がる。
なんで怖いのか、自分も通ってきた道なのに、大人はスッカリ忘れている。
しかし、子どもの目線からは、全てが大きく怖く映り、また自分がひどく頼りなく思われる。
その視点に立たなければ子どもの気持ちは分からない。
自分の目はなんでも見えているようでいて、実は自分中心で見ているから、いろんな大事なものを見落してしまう。

状況に対する視界を広く取る

どうしても、自分とうまくいかない相手。
頑張っても、気持ちがどうしても通じない。
勢い癇癪を起こして、「どうしてあいつは、ああなんだ!」といきり立つ。
ただでさえうまくいかない相手なのに、自分まで癇癪を起こしたら、ますます心の距離は離れてゆく。
ならば、少し冷静になって、相手の気持ちになってみる。
ひょっとしたら、相手も「何で何で」と不満に思っているかも知れない。
そして、自分は「こうで当然だ、こうあるべきだ」と知らないうちに相手に条件をつけている。相手そのものより、その勝手な条件通りにならないことに腹をたてる。
「それって、相手も同じ認識?」
そう問われたら、「あ、勝手な俺の思い込みかも?」と気づく。
確かに、第三者の方が視界が広い。
視界が狭くなっていると感じたら、状況に対して視野を広く取る努力が必要である。

俯瞰力

これについて、熱海会議と言う有名な話がある。
主人公は、かの松下幸之助氏。
全国の電気販売店に広く販売網を持っていた松下電器も、その当時業績の低迷で苦しんでいた。
そこで、「ここはひとつ全国の販売店と打開策を練ろう」と一堂に熱海で会した。
しかしその意図とは裏腹に、松下と販売店との間で、お互いに対する不満の応酬になった。
松下は販売努力をしない電気店を非難し、販売店は自分たちのことを考えず、メーカーの都合ばかり押し付けてくる松下に不満をぶつけた。
こんなことを2日続けた3日目、昨日までと打って変って松下氏が頭を下げた。
「松下電器の黎明期には、私どもの製品を扱ってくださる皆さんに本当に感謝していました。しかし、会社が大きくなるにつれ、スッカリその心を忘れておりました。今から、またその気持ちでお付き合いをさせていただきますので、お力添えを給われないでしょうか。」
その時から会議の雰囲気はガラリと変わり、松下電器と販売店は心を一つにして、難局を乗り切ったと言う。
業績と言う経営者の絶対命題に追い詰められ、自分中心で視野が狭くなっていた松下幸之助氏も、販売店の気持ちを視野に入れることで行動をガラリと変えている。
視点を上げれば、今までこだわっていたものが矮小に思え、また見えなかったものが明らかになる。
このように視野を広くし、状況を俯瞰できる力を身につけたいものである。