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今日学んだこと

分かっていることは書かない。分かっていないから書いて学ぶ。だから「今日学んだこと」なのです。

自分を語る一言

(写真:暮れなずむ桜 その1)

フー、アム、アイ

「フー、アム、アイ」
私は誰?
いえ、記憶喪失ではありません。
これは、自分への問いかけです。
自分は何者なのか。
例えば、
「自分を一言で語りなさい。」
そう振られたらどう答えますか?
一言ですよ。
自分でも考えてみましたが、意外に難しいものです。
体型なら、デブちゃん。
性格なら、意気地なし、怠け者。
いやもっと、自分の特性と言うか、自分が周りに誇れる一言を答えたいですね。
例えば、「勤勉」とか、「挑戦者」のような。

自分を語る一言

自分を語る一言。
まず、わたしは「器用」とか「流暢」と言うカテゴリではありません。
むしろ「不器用」とか、「鈍重」がぴったりきます。
でも、それではあまり元気がでないので、もっと良い一言はないでしょうか。
そうですね。
例えば、「カメ人間」。
同じ不器用で鈍重でも、あの「ウサギとカメ」のカメならば、少しは良いイメージがあります。
なにしろ、最後はウサギに勝つのですから。
でも、カメには、ウサギと競争をしたら恥をかくと言う知恵もなければ、うまいこと言って勝負をチャラにしようと言う器用さもありませんでした。
成り行きのまま、一番しんどい駈け比べを始めてしまいます。そして、やはり予想通りウサギといきなり大差をつけられ赤恥をかくのです。

自分を縛る一言

「いっそ、こんなことなら止めて家で寝ていようか。」
普通なら、そのように思うところ、愚直なのか、意固地なのか、決して競争をやめはしませんでした。
ただ、ノタノタと重い身体を運んで、それこそカメの歩みでゴールを目指します。
しかし、カメの偉いところは、ゴールに向かって一直線、ほかに脇見も道草もしません。
そして、競争相手のウサギも、嘲り笑う観衆も目に入らないかのように、ただゴールだけを見て進んでいくのです。
やがて、気がつけばカメはゴールに立っていました。
そして、不思議なことにゴールには競争相手のウサギはどこにも見当たりません。なんと、カメが先に着いているではありませんか。
不器用で鈍重なカメが、足の早いウサギに勝つことができたのです。
・・・
これは、自分が歩いてきた道と重なります。
要領とか、器用と無縁の自分は、目の前に開けた道を黙々と歩くしか能がありません。
でも、ひたすら歩いた結果、いつの間にやら人より恵まれていました。
もちろん、恵まれてもそこはカメです。嘲笑されることは常です。
ただ、どこまでも自分の道をまっすぐ進んでいきます。
他に、もっと良い道があるかも知れません。
しかし、前を向いて歩いてゆくだけです。
そう、私は「カメ人間」なので、その言葉通りの生き方を貫きます。
そして、自分を語る一言から外れぬよう、それで自分を縛って生きているのです。

自分を育てる一言

自分を語る一言、そして自分を縛る一言。
また、自分を育てる一言です。
人間ですから、ズルもしたくなれば、ウソもつきたくなる。要領よくやりたくもなる。
でも、「カメ人間」なので、都合の悪い道でも避けることを知りません。
もし、ズルをしたり、要領ばかり考えるようになったらカメ失格です。
いつも、自分が正しいと思うゴールだけを見て、脇見をせずに進んでゆく、だからカメです。
「カメを貫く」
「カメであり続ける」
自分は不器用なので、時に人を羨んだり、自己嫌悪に陥ったりして辛くなります。でも、「カメ人間」の言葉に励まされ、そして心を育てられています。
自分を語る一言。
きっと誰もがそんな言葉を心に持って、自分を戒めたり、励ましたりしているのですね。