今日学んだこと

分かっていることは書かない。分かっていないから書いて学ぶ。だから「今日学んだこと」なのです。

リサーチでは、仮説に対しての検証結果を 仮説にあうような証拠に捏造してはならない

(写真:さくらと赤い橋 その2)

大切な仮説

「まずは、仮説を立てなさい。」
よくそのように言われます。
でも、「まだ、海のものとも山のものとも分からないうちに仮説が立つのだろうか。」
少し怠惰な気持ちも手伝って、「仮説を立てよ」といわれても尻込みをしてしまいます。
しかし、仮説とはコンパスのようなものです。
私たちが何かを進めようとする場合、ある程度の道筋が見えなくては怖くて先に進めません。
あ、あそこに光が見える。あれはきっと出口だから、あそこを向いて歩いていこう。
そう思えるのが道筋です。
しかし、前方の光は果たして出口なのでしょうか。近づいてみたら、全く違うことだってあり得るのです。
でも、とりあえず信じなければ進めないので、その道筋となるのが仮説です。

仮説を否定される痛み

仮説はコンパスと言いました。
なぜならば、まずはその仮説を指標として進み始めるからです。そして、いろいろな事象で方向を修正します。
集めた事象が仮説とあっていれば、進もうとしている方角は間違いないと気持ちを強くできますし、合わなければ仮説の方を修正しなければなりません。
そのように、仮説と言うコンパスを修正しながら、常に正しい方角を目指すのです。
ただ、自分なりに一生懸命考えて決めた仮説が否定されるのは辛いものです。
あんなに七転八倒して考えて、よしこれなら行ける!と踏んで自信満々人前でも言っていた仮説です。
それが、事象を集めると、だんだん反対の結果が出始める。
ついつい、仮説を崩されるのが嫌で、現実を直視しなくなりがちです。

仮説に合わせて証拠を探す

そうすると、自分の都合にあわせて事象を探すようになります。
例えば、製品を企画して試作品も作る。
社内評価もモニターテストも上々で、自信を持って一般ユーザーの評価を聞いてみる。
そうすると、意外に10人中8人までが色よい返事をしてくれない。
「あれ、おかしいな」と混乱をし始めます。
ところが少し自信を無くしかけていたところに出会った9人目と10人目がすごく良い反応をしてくれました。
そこですっかり自信を取り戻して、その2人の評価に二重丸をつけます。
10人に当たったのだから、誰の意見も等しく重いはずが、どうしても自分の都合の良い人を特別扱いしがちです。
果ては、自分の仮説を肯定できるように、後の調査は良い反応のあった2人と同じ属性の人を探して聞き取ろうとします。
つまり、事象をもとに仮説を修正するのでなく、仮説に合うように事例を集めてしまうのです。

真実は作れない

しかも、我知らずそうなっていくから厄介です。
自分ではその気はないのに、だんだん自分の都合の良い方に引っ張られてしまいます。
よく聞く話ですが、ごまかしが許されない工業製品の商品テストで、1000回やってみて999回まで問題なく終わりました。
ところが、1000回目になって不具合が発生したら、どうしますか。
思わず超レアケースとして、なかったことにしたくなりますよね。
でもそれを許してしまったら、製品化され、毎日何千人が、1日に何回となく動かしているうちに、千分の1の不具合が頻発するようになります。
だから、仮説を検証するには、自分に都合の悪い、どんな小さな事象をも拾い出して、時に自分の大切な仮説を否定する強い心が必要なのです。
実際、そうでなければ私たちが毎日利用している薬にしても、機械にしても安心して使えないでしょう。
それこそ千分のの1、万分の1の不都合さえも真面目に向き合ってくれたからこそ、如何なる時も不具合を起こさない製品として利用できるのです。
新しい道を開くのは暗闇に一筋の光を求めるのに等しい道です。
その一筋の光とは仮説であり、そこへ検証を重ねながら進むのです。
その時、自分の都合に負けて得手の良い事象を作らないように肝に銘じたいと思います。
真実とは決して作ることのできないものです。一旦は曲げることができたと思えても必ず反動でしっぺ返しが来るものなのですから。