今日学んだこと

分かっていることは書かない。分かっていないから書いて学ぶ。だから「今日学んだこと」なのです。

間違えることを恐れない。正解を覚えようとしない。

(写真:さくらと赤い橋 その1)

義務教育の功罪

義務教育とは、有難いものだと思う。
昔は、勉強と言えば、したい子供だけがするものだった。あるいは、本人がどんなに勉強したいと思っても、家にお金がなかったり、親に理解がなければ勉強させて貰えなかった。
しかし、今は勉強が苦手だろうが、親に理解がない家庭だろうが、半ば強制的に学校に登校させられて、読み書き、算数を叩き込まれる。
おかげで、みんな大人になっても不自由をせずに済んでいる。
しかし、義務教育にも良くない点がある。
それは、みんなに同じ教科書が配られ、同じ問題を解かされ、同じ答えを出すように求められるところだ。
だから、自分もしばらく勘違いをしていた。
社会でも正しい答えがちゃんとあって、その通り振る舞えば間違いないのだと。
義務教育で教科書通りの頭が作られて、おかげでそのギャップに苦しんだ。

答えはあるようでない

自分は、いわゆる優等生ではなかった。
でも、優等生になりたいと思っていた。
だから、余り周りにも逆らわなかったし、悪いこともしなかった。
そして、与えられたルール通り振る舞えば間違いないと思っていたし、教科書通りの答えが言えれば良いと思っていた。
しかし、それで非常に残念な人間になってしまった。
いつも、どこかに正しい答えはないかと探している。
何故なら、間違うのが怖いから。
「どうすれば良い?本当に間違いない?」
念押すたびに呆れられる。
「て言うか、あなたがどうしたいかでしょ。」
理屈は分かる。
でも、自分で答えを作るなんて怖くてできっこない。
「でも、何が正解かなんて、誰にも分からないんですよ。」
そう、答えなんかどこにもない。
やはり自分自身が答えになるしかないのだ。

間違えて覚えるしかない

自分自身が答え。
つまり、自分で答えを出してそれで押し通す。
当然、自分で出した答えだから、だいたいのところ間違っている。
「本当にこんなことで良いのだろうか?」
おっかなびっくり進めば、すぐにダメ出しをする一団と遭遇する。
ダメ出しはツライ。
「残念な人」と言われると、怖くて動けなくなる。
でも、ダメ出し組が正しくて、自分が間違っているなんて、実は言い切れるもんじゃない。
結局、歴史にも明らかなように勝てば官軍。
ゴールにたどり着けば勝ち組、彼は正しかったと言って貰える。
ゴールにたどり着けず、途中で頓挫すれば負け組、あのやり方じゃダメだと謗られる。
結果が正しければ、やり方も正しいということ。要は結果が出るまでやり続けること。
当然、いっぱい間違う。
でも、いっぱい間違えなければ、正しい答えにたどり着けない。

早く強くなる心がけ

正しい答えが知りたくて、人に聞いたり、学んだり。
下手に歩めば間違ったところへ行ってしまうかも知れない。
だから、キョロキョロ周りを見渡しながら、一歩も動くことはできない。
ウサギとカメなら、ウサギでなくては走ってはならないと思うし、カメの走るところなんかみっともなくて見ていられない。
しかし、それでもカメはウサギに馳けくらべを挑んだ。
もちろん、いきなり差を見せつけられて、大恥をかいたけど、それでもカメは走るのをやめなかった。
そして、頑張って走り通してゴールに着いたカメのことを、もう誰一人バカにはしなかった。
ウサギに馳けくらべを挑んだカメは愚かだし、間違っているかも知れない。
でも、カメは自分が正しいと信じて貫いた。
間違うのが悪いんじゃない。
間違うのを恐れて歩かないのが悪い。
相撲の世界でも「負けて覚える相撲かな」と言われる。
転がされて土がつくたびに強くなる。
我々も失敗して恥をかくたび賢くなる。
だから、間違うことは怖れてはならない。
最初から、正解を覚えようとしてもならない。