今日学んだこと

分かっていることは書かない。分かっていないから書いて学ぶ。だから「今日学んだこと」なのです。

弱さを持たない弱さ

(写真:〼絵)

武蔵と吉野太夫

吉川英治『宮本武蔵』。
その白眉の一つに、京色街の傾城と呼ばれた吉野太夫とのやりとりがあります。
なぜ、武者修行の宮本武蔵が、吉野太夫と縁があったのでしょうか。
それは、たまたま武蔵が当時京都を代表する文化人の本阿弥光悦と知り合い、光悦の勧めに応じて色街に出掛けたところから始まります。
その時、武蔵は京流吉岡一門の弟伝七郎との果し合いを約束していました。
さて、色街についた本阿弥光悦、仲間の数寄者と計って傾城の吉野太夫を自分たちの座敷に呼ぼうと画策します。
しかし、今吉野太夫を座敷に呼んでいる烏丸何某と言う公家も意地になって吉野太夫を離しません。
そこで、和歌の応酬でお互いなんとか吉野太夫の気を引こうとします。
その賑やかなやり取りの最中、武蔵は一人中座して、大原三千院の決闘場所に赴きます。
そして、吉岡伝七郎を討ち果たした武蔵は、また何食わぬ顔で本阿弥光悦の座敷に戻ります。
やがて、吉野太夫は、公家と本阿弥光悦らの顔を立てようと、二組を自分の別宅へと招きました。そして、梅の若木を炊いた炉の香りと、琵琶の音色で一行をもてなします。
さて、宴もひけて一同帰りかけたところ、吉野太夫は武蔵一人を引き止めます。
「天下一の果報者よ」とからかわれながら、なおも武蔵は本阿弥光悦に同道して帰ることを主張するのですが、吉野太夫には彼を引き止める理由がありました。

弱い武蔵

実は、長兄の吉岡清十郎に続き、次弟の伝七郎まで討たれ、京流の面目を潰された吉岡一門は報復のため、何百人と衆を頼んで京都の至るところを固めていたのです。
そこへ武蔵が赴けば流血は必定。
武蔵一人のためのみならず、色街に通う旦那衆の迷惑にもなると、吉野太夫は武蔵をかくまいました。
さて、色街の傾城、吉野太夫の別宅に一人残され、彼女と二人きりになった宮本武蔵、いくら勧められても框に腰掛けて、少しも動こうとしません。
「私は、自分を戒めているのです」と、酒色の誘惑から身を遠ざけようとします。
しかし、そんな武蔵に吉野太夫はこう言います。
「いったい、武者修行の方がそんなに弱いことで良いのでしょうか。」
己の強さだけが頼みの武蔵、女性に弱いと言われて頭に血が上ります。
「言うたのがおなごだ。怒りはせぬが、なぜわしを弱いと言われるか伺いとう存ずる。」
口では怒ってはいないと言っても、目を怒らし、返答次第によってはと気迫をみなぎらせます。

弱さを持たぬ弱さ

「では、あなた様にも分かるようにお話しましょう。」
そう言って、吉野太夫は琵琶を片手に持ち、鉈を手に取ると、その琵琶を真っ二つに割いてしまいました。
そして、
「ご覧くださいませ。この琵琶の中身はこのように空虚です。ただ、一本横木が渡してあるばかり。どうして、このような琵琶から、あのような様々な音色が発せられるのでしょう。」
「答えは、この横木にあります。横木は、ピンと張られず、少し緩みを持って渡してあります。この横木の持つ緩みが、あのような緩急自在な音色を奏でるのです。」
「もし、この横木に緩みがなければ、たちまち琵琶は裂けてしまうでしょう。
人間も同じこと。そのように張り詰めているばかりでは、たちまち裂けて一命を失うことでしょう。」

弱みを持つ強さ

敵に負けまい、酒色に負けまい、己に負けまい。
自分の弱さを一切認めない。
媚びぬ、頼まぬ。
頭を下げぬ。
しかし、人間本来自分一人で生きているのではありません。
多くの有情非情に生かされなければ、1日たりとも地上には存在できません。
だから、自分一人で生きていると思うのは錯覚なのです。
それに、自分はどれほどのものでしょうか。
欲に負けまい、酒色に溺れまい。
楽に流される心に負けはすまい。
しかし、酒色を遠ざけねばならぬほど、それを恐れ、気持ちの上で負けているのです。
そして、人間はいくら気張っても、最後は老いさらばえ全て人の世話で生きて行かねばなりません。
そんな時にも、自尊心を失わずに生きていけるのは、負けてしまう自分、弱い自分を受け入れた人ではないでしょうか。
むしろ、弱さすら受け入れられるのが真の強い人間です。
吉野太夫が武蔵に伝えたかったのは、このことだったと思います。