今日学んだこと

分かっていることは書かない。分かっていないから書いて学ぶ。だから「今日学んだこと」なのです。

90対90

(写真:桑名の桜 その3)

九十里は百里の半ば

「九十里は百里の半ば」と言われます。
百里の道を行く時、九十里まで踏破してもまだ道半ばと思いなさい、と諭した言葉です。
「あともう少しと思うと気を抜いて失敗をしやすいから、ますます気を引き締めていきなさい」と読めます。
あるいは、九十里目から十里は行程の終盤です。だから、とても苦しい道のりが待っています。
例えばマラソンでも、42.195キロの残り4〜5キロは体力を使い果たし、足はパンパン、重い身体を引きずりながらの走破なのでとても苦しいものです。
ですから残り一割の苦労は、今まで9割でして来た苦労以上ですよ、と教えた言葉とも読めるのです。

90対90の法則

私たちIT業界にも、「90対90の法則」と言われる言葉があります。
コンピュータープログラミングの製作で、90パーセント仕上げるのに90の力を使います。しかし、残り10パーセントを仕上げるのにも同じく90パーセントの力が必要だと言います。
ですから、100を見込んで仕事の計画を立てても、実は90+90で180の時間がかかることになります。
そこから、プロジェクトが遅れる原因として、「90対90の法則」が半ば自嘲気味に言われます。
その残り1割にかかる90パーセントの力とは、今まで作って来たものの整合を取って、最後辻褄を合わせるためにかかるパワーです。いざ最後の仕上げをしようと言う段になって、見えなかった問題が現れて、その調整に追われます。
思えば、最後で間に合わなくなっている原因として結構思い当たります。

人生の90対90

与えられた時間の中で、人生と言う大きな作品を仕上げようとしているのが人間と言えます。
その人生の90パーセントとは何でしょうか。
私たちサラリーマンならば、会社を定年退職して老後の生活を始めた頃でしょうか。
あとは、終末の日まで、急がす騒がず、悠々自適に過ごせば良い。気苦労のない日が最後まで続く。
私たちにはそんなイメージがあります。
しかし本当は、これから人生の残り90パーセントの難路が始まるのかも知れません。
実際、身体がいろいろと悪くなり、肉体的な苦痛を味わうのはこれからです。
また、伴侶や友人を次々と失い、社会的な役割もなくなり、孤独感や無力感に苛まれます。つまり、精神的な苦痛もまとめてやって来ます。
豊臣秀吉なら、天下を統一するに負けず劣らず、天下を統一してからがたいへんだったでしょう。
今まで敵として接して来た相手をみな自分の政権に取り込みました。しかし、いつ寝首をかかれるか分からない、まるで刺客を家に入れた気分だったのではないでしょうか。
さらに、次の秀頼に政権を間違いなく渡すためにした気苦労も並々ならぬものだったと思います。

10パーセントに備える

ましてや、終末に向け日々削りとられる命のカウンターが耳に聞こえてきます。
なかなか、人生の仕上げは簡単にはいきません。
コンピュータープログラミングならば、残り10パーセントに90パーセントの時間がかかることを見越して計画をすれば、プロジェクトの遅れは回避できます。
人生はどのように対処すれば良いのでしょうか。
ビートルズのプロデューサーだった人が、70を過ぎた時、「仕事だけの人生は価値がない」とスッパリ現役を引退したと聞きました。
ビートルズを世の中に送り出すような仕事をした人です。その仕事以上に素晴らしいことが世の中にあるとは思えません。
しかし、本人はあと90パーセントの本当の大仕事に気がついたのです。
それは、人生と言う作品を仕上げることであり、満足して人生を終えることです。
夏目漱石は、死んで行く時に「今死んでは困る」と言ったそうですが、殆どの人は人生を仕上げる大仕事の途中で志半ばに倒れています。
私たちは定年までは仕事、定年してから始めて人生に向き合おうとします。しかし、この人生の仕上げと言う最後の大仕事に、あと90パーセントの力が必要です。ならば、本当は一生の全てをかけて取り組むべきものかも知れません。