今日学んだこと

分かっていることは書かない。分かっていないから書いて学ぶ。だから「今日学んだこと」なのです。

同じ役割をする人は二人もいらない

(写真:弥富の桜)

人と比べる

人が上手くやれていると、ついつい自分も同じようにできないかと、心が動く。
時に、自分の方が上手くやれると自惚れの材料にし、時に全く至らない自分に嫌気がさす。
人は人、比較する意味なんかない。
それより、自分しかできない領域を見つけて、そこで輝けば良い。
理屈はよく分かる。
そうありたいとも願う。
しかし、人の優れた仕事をみれば、同じようにやり抜いて褒められたいと心が騒ぐ。
反対に不出来な仕事を見つけると、取り上げて、自分の方が上手くできると誇示したくなる。
人と比べるのは、ひとえにそんな自己顕示欲の表れ。
自分が自分に振り回されて、本分をいつの間にか置き去りにしている、そんな残念な状態かも知れない。

同じことで競っても仕方ない

特に自分がやってきたことは、自分が一番上手くできる自負がある。
でも人生にはステージがあって、年齢や経験とともに上がっていかなくてはならない。
自分が一番上手くできることでも、自分のステージが上がったら、それを人に誇示してはならない。
むしろ、後から続く人が自分と同じパフォーマンスを出せるように、支援して見守るのが本当の仕事。
いくら得手でも得意でも、人の仕事を奪ってはならない。
逆に、自分とはステージが違う人や、期待されていることが違う人。
その人のようになりたくて、ついつい張り合ってしまう。
同じようにできれば、自分にも褒め言葉がもらえるかと思い、一生懸命真似をしてみる。
あるいは、自分の方が優れている点を探して一生懸命安心しようとする。
でも、サッカー選手が友達の絵描きより絵が上手くなりたいと、サッカーを疎かにして絵の練習に没頭したらどうだろう。
人はサッカー選手の絵の才能を褒めはしないし、またサッカーの才能を無駄にしていることを残念に思うだろう。

同じ役割をする人は二人もいらない

そもそも会社には、いろいろな仕事があり、それぞれ担当者が割り当てられている。
いずれも一番適材と思われる人が選ばれ、辞令を受け取っているはず。
そして、いずれの役割も会社にとってはなくてはならないものであり、そうでなければ、その部署はとっくに廃止になってるはずだ。
それぞれが自分の仕事をしっかりやってこそ会社は正常に機能するのに、もしその中に人の役割や成果を羨んで自分の仕事が疎かになっている人がいたらどうなるか。
その人、乃至その部署はまともには動かないから、機能不全になる。それは、その個人のみならず、その会社全体にとっても不幸なことなのだ。
だから、同じ役割をする人は二人も要らない。本来割り当てられた本分を果たすだけでみんな精いっぱいなのだから。

オンリーワン

かのスマップの名曲、「世界に一つのだけの花」。
『そうさ 僕らは
世界に一つだけの花
一人一人違う種を持つ
その花を咲かせることだけに
一生懸命になればいい』
そして、最後は、
『小さい花や大きな花
一つとして同じものはないから
No.1にならなくてもいい
もともと特別な Only one』
で締めている。
ナンバーワンより、オンリーワン。
そうは言ってもなあ、と歌詞を聞くたびに苦笑いがでる。
どうしても、人間が二人以上集まると序列をつけずにおれないようだ。
相手に負けまいと精いっぱい背伸びをし合って、どちらが背が高いかギリギリの競い合いが続く。
やはり、2人でも、3人でも、その中のナンバーワンになりたがる性はやまらない。
でも、考えてみれば、ナンバーワンは代わりが効く。オンリーワンは代わりがいない。
どちらが大切にされ、どちらが得かはすぐ分かる。
要らない喧嘩をする必要もない。
ナンバーワンより、オンリーワン、わかっちゃいるけど、人が気になる。
本分がついつい疎かになる。
困った自分。
スマップの歌でも繰り返し聞いて反省しようか。