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今日学んだこと

分かっていることは書かない。分かっていないから書いて学ぶ。だから「今日学んだこと」なのです。

やる気がないならやめろ

(写真:MIRAI)

塾講師の一言

「塾に通わせてもヤル気を出さないウチの子に、どう言ったらヤル気を起こさせることができるのでしょうか?」
お母さんの質問に、とある有名な塾講師が一言。
「僕なら、『ヤル気がないならやめろ』と言いますね。」
塾の先生がそれを言ってしまったら、ますます子供はヤル気をなくすのではないでしょうか。また、それで子供が塾に来てくれなくなったら、塾も商売上がったりでしょう。
しかし、塾講師は続けて言いました。
「だってわざわざ高いお金を払って、通わせて貰っているんですよ。だったら、それに感謝して頑張って当たり前じゃないですか。
ヤル気がない子供はやめて当然ですよ。」

勉強は義務じゃない

確かに学校の勉強は義務教育ですが、塾は義務ではありません。
通おうが、通うまいが全く本人の自由意志です。そして親も、この子にもっと上の教育を受けさせたいと思って高い月謝を払っているのです。
それは、決して当たり前のことではありません。
勉強したら勉強した分、子供の未来に選択肢が増え、より幸せな人生を送れる可能性が多くなります。
塾に通わせても貰えることは、その子にとってとても特別なことですし、とても幸せなことです。
それが、学校の義務教育の延長のように思って、「親が行けと言うからホントは嫌だけど行ってやる」なんて思ったら実にもったいないことです。
塾のような場所は、自分で自分の未来を開きたいと思った人間が行くべきところです。
「ヤル気がないならやめろ」は乱暴に聞こえますが、実はとても筋が通っているのです。

義務はどこにもない

義務はどこにもありません。
私たち世代は、さも当然のように高校に通い、大学に通いました。
しかし、義務教育は中学校までで、高校以降は自分たちの意思で通っていたのです。
「勉強して、人より良い人生が送りたいから、どうかお父さん、お母さん、僕を高校、大学に通わせてください。」と、そんな殊勝な心はあったかと反省をさせられます。
中学を出たら高校に通い、そして大学に通う。そうしないと人並みの人生が送れないくらいに思って、さも決まったレールの上を走っているように親に負担をかけても何とも思いませんでした。
大学までを義務教育と勘違いしているから、そこに通わせて貰っている感謝もありません。だから、せっかく勉強の機会を与えて貰いながら、そこで勉強の習慣が身につかずに社会に出てから苦労をしているのです。
日本に教育が広まるまでは、学校に通うこと自体特別なことでした。そして、勉強をさせて貰うことは、とても恵まれたことだったのです。昔読んだ偉人の伝記では、勝海舟も二宮金次郎も勉強できることにたいへんな喜びを感じていました。
そんな人たちに、ヤル気がなくて勉強しないと言うことがありえたでしょうか。

自らするかしないかだけ

勉強することは、より良い自分になることなので誰かに強制されたり、いやいやすることではありません。
むしろ、自ら求めてする、それこそ本当の勉強です。
しかし考えてみれば、私たちの仕事も決して強制されている訳ではありません。
私たちには、職業の選択の自由がありますから、別にどんな仕事をしても良いのです。
合わないと思ったらやめたら良い。それで生活が成り立つなら、ずっと家にに居ても良い。
私たちは、より良い人生を送りたくて、自ら選択し、自ら進んで就職して今の会社には勤めています。
でも、
「日本では労働の義務があるし、世間体や周りが働けと言うから仕方ないじゃないか。」
おそらくそう言い返されますね。
でも、なぜ今の仕事なのですか?
今の会社なのですか?
「そんなことを言ったら、正社員になれない非正規の人に怒られるよ。」
確かに、そうかも知れません。
でも、昔はその職業の選択さえ制限されていたのです。
いつの間にか、仕方なく、なんとなく、 あるいは止むを得ず、今の仕事に就いたと思っていても、やはり私たちの自由意志が働いて今この立場にあるはずです。
そして、それはとても恵まれたことかも知れません。
世の中には、人として誇れないことをさせる会社もあれば、社員を大切にしない会社もあります。そんな会社に勤めていないことは、とても幸せですし、また仕事があって安定的に生活できることはたいへん恵まれたことです。
せっかくの仕事ですから、義務とか労役とか思わずに、楽しみつつ感謝して取り組みたいものです。
勉強も、仕事も義務ではなく、本当は私たち一人一人のスペシャルな機会です。
だから、ヤル気がないならやめろと言われる前に、大いに楽しんで頑張っていきましょう。