今日学んだこと

分かっていることは書かない。分かっていないから書いて学ぶ。だから「今日学んだこと」なのです。

初心

(写真:クレーン乱舞 その2)

再びの一年生

私には60歳を過ぎた知り合いがいます。
60を過ぎて再雇用になったその人は、また一年生のやり直しだと言われます。
60までは、先輩だ、役職者だと立てて貰えますが、それを過ぎれば自分より若い後輩に順わねばなりません。
もちろん、それまで積んできた経験があるので、若い者のやることは、どうにもまどろこしい。
しかし、今は向こうが上の立場です。
多少気になることはあっても、若い者のやり方に任せて、あまり口出しは控えていると、それでもにこやかに笑われます。

初心

私は、若い頃から積み上げた経験で、ずっと自分を高めていける仕事に憧れます。
例えば、70で未だ「洟たれ」と言われる歌舞伎の世界とか、生涯技を高めていく伝統工芸の世界とか。
それに比べて、私たちが身を置くのは、昨日までの経験が突然役に立たなくなるITの世界。あるいは、技術で実績を積んでもいきなり営業職に転籍を命じられて苦労している人もいます。かと思えば、技術職を命じられて、慣れないプログラミングを二十歳そこそこの女の子に怒られながら習得しなければならない知人もいました。
また、会社が合併吸収されたため、今まで自分たちが良いと信じてきたやり方を捨て、新しいルールに従わなければならない人もいます。
そうです。
私たちは、いつでもどこでも一年生に逆戻りするのです。
そして、慣れないことをしながら思うのは、かつてやってきたことで積み上げた輝かしい実績。
思えば、20年前、30年前、俺もピカピカの一年生だった。その時は、先輩に怒られながらも、なんとか一人前になりたいと頑張ったもんだ。
ならば、もう一度あの時と同じ心になって頑張ったら良いのじゃないか。
また、初心に戻って一から出直そう。
そうは思えども、なかなか過去に引きずられて思うように踏み出せないのが、我ら世代の悲しさです。

自分に限界を作らない

昔は、ここまでやれた。
こんなすごい仕事も成し遂げた。
皆んなが俺を尊敬して、ピカピカしていた。
事あるたびに、そんなことを考える。
でも、そこにこだわっている限り、それが自分の限界になっています。
また、もとの環境に戻ることができても、おそらくそれ以上の人間になることはできません。
反対に、慣れない辛い環境ではありますが、新しい可能性が開けているとも言えます。
例えば、今までは中くらいのお客さんの中くらいの仕事をやって来ました。それが今度は、大きなお客さんの、大きな仕事を提案することになったとします。
中くらいのお客さんの場合と比べて、大きな仕事は必要な手続きも、関わる人数もまるで違います。そして、仕事の厳密さもかなり厳しく求められます。
そうしたら、今まで積み重ねてきた実績がまるで歯が立たず、自分が情けなくなり、すっかり自信を無くすでしょう。
でも今は辛くても、長い目で見れば、これは自分のステージが上がるチャンスなのです。
「俺は大手企業に入社できなかったから、こんなところで埋もれている」なんて愚痴っていなくても、遅ればせながらそのステージは今巡ってきたのです。
今こそ、初心に帰ってここ一つ頑張るところです。

ニューワールド

今をときめくセブンイレブンの会長も、スシローの社長も、慣れた本業を出されて海のものとも山のものとも分からぬ新事業に転向を命じられました。
本人も、ああこれで俺の出世コースは終わったなと嘆息したかも知れません。
しかし、今振りかえってみればどうでしょう。
いまや、新規事業が本業を飲み込んで、グループ全体に号令をかける立場にまで出世しています。
もちろん、その人なりの才覚もあれば、世の中の流れもあります。
誰しも成功する訳ではありませんし、本業から出された失望感だけで一生終わる人の方が多いでしょう。
同じ環境、同じ仕事でひたすら続けられる人がいれば幸せです。
しかし、大手ITベンダーに勤めていた人曰わく、「いくら大手でも、上に行くほどポストは限られる。そこに登れず歳を取ってしまったら、あとは優秀な若い人間との競争になる。そして、ほとんどがそれに耐えられずに辞めているんだ。」
つまり、同じ環境に止まりたくても、なかなかに厳しいのです。
ならば、今期せずして一年生に戻ったとしても、新しいゲートが開いたと思い直そうではありませんか。
そして、20年前、30年前の初心を思い出して頑張っていきましょう。