読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

今日学んだこと

分かっていることは書かない。分かっていないから書いて学ぶ。だから「今日学んだこと」なのです。

自分の本質は自分ではわかりやすいが、人には伝わりづらい

(写真:植栽爆発)

ステレオタイプ

今、陶器はほとんど工場で生産されます。
そして、材料を同じ型にはめて、大量に焼いて生産するから、安い価格で提供することができます。
そのため、私たちが身の回りで使用している茶碗や皿、コップや湯のみは、高くても数千円から、ほとんどは500円以内に収まります。
しかし、中には1枚数万円から数10万円と言う高価で売られているものがあります。
それは、陶芸家や職人が1枚1枚、ろくろを回して形を作り、釜で焼き上げたものです。
そして、その時の力加減、塗り薬の具合、焼き上げる時の温度で、陶器の一つ一つに違いが出るのです。
つまり、それら全てが世界にたった一つの希少な作品であり、自分だけの価値ある逸品です。
このように、同じ材料、同じ規格で作ったものでも、その時々の条件や環境で他との違いが生まれます。
ましてや、同じ人間、同じ性別、同じ人種と言えど、その育ってきた環境や、経験や体験によって、一人一人違いが生まれます。
しかし、1980年代生まれ、理系の男性、血液型はBと条件が揃えば、私たちはすぐにステレオタイプにはめたがります。
それは、私たちにとって理解のできない相手は扱いに困りますし、こちらの対応によってどう反応するか分からなかったら怖い相手になります。だから、一応の型を決めて、なるべくそれに当てはめて理解しようとするのです。

変わり者

「あんた、変わってるね」
私はいろんな人からそう揶揄されては苦笑いをしています。
彼らから言わせれば、少し人からズレた人間と言うことなのでしょう。
しかし私から言えば、人間は一人一人育ってきた環境も条件も違うのだから、同じであるはずがありません。つまり、変わっていて当たり前です。
もっと言えば、私たちは人間の理解にいくつかの条件で分岐したステレオタイプを使用して、またそれを仲間内で共有しています。
すると相手を理解する時のみならず、自分の方からそのステレオタイプに進んで合わせようとするのです。
例えば小学生の頃、両親が私に柔道場に通うことを勧めました。当時、丸々と肥え、体格も良かった私は、「そのような人間は柔道のような武道を好むものだ」と言うステレオタイプに自らを合わせて、「柔道を習いたい」と親の勧めに賛同したのです。しかし、本心は運動音痴で、出不精だった私は全く気が進みませんでした。
本心を偽ってまで、周りとステレオタイプを共有しようとする、それは私たちが集団と生きるための知恵かも知れません。そして、いつの間にかそれが当たり前のものになり、ステレオタイプに合わせ切れない人間を変わり者と称するのでしょう。

自分の本質

しかし、本当の自分は他のところにあります。やりたいこと、やりたくないこと、得手や不得手、それは人それぞれです。
その中、自分が得手としていることを生涯の仕事にできた人は幸せです。
ただ、その得手すら、自分ではハッキリと自覚していないことが多く、またどうしても手近で縁のあるところに飛び込まざるを得ないのが本当のところでしょう。
そして、得手不得手以前に、一応の適性試験で振り分けられたステレオタイプ、あるいは相手が自分に望むところのステレオタイプにこちらから合わせる人が殆どです。
そのステレオタイプと自分の得手が多く重なる人は成功者であり、全く得手でないのに無理して合わせている人は今一つになります。
世の中で成功者と言われるかどうかも、ただそれだけのことに思えます。
でも、しばらく勤める内に、だんだん自分がやりやすいこと、もしくはどんなに頑張っても苦手なことが見えてきます。
いわば、それは自分と言う人間の本質です。
できれば、その自分の本質に順って正直に生きていきたいと願いますが、なかなか一度周りと共有し、それに合わせることで強化してきたステレオタイプを打ち破るのはたいへんです。

自分らしさの出し方

自分らしさ、それを前段の表現では自分の本質と言いました。
それは、周りのステレオタイプに無理して合わせることなく自分の得手を追求し、不得手なことに時間を使わないことです。
なでしこジャパンの澤穂希選手は、そこが徹底していたと聞きます。
2006年のアジア大会決勝戦で、北朝鮮とのPK戦になった時、澤選手はPKの一番手に指名されました。しかし、その大事な場面で澤選手はPKを外してしまい、史上初の国際大会のタイトルを逃してしまった苦い経験があります。
それ以来、澤穂希選手はPK戦が大の苦手となり、それ以来公式戦では一度もPKを蹴っていません。
普通ならば、そこはプロなのだから練習を積んで克服すべきと思うところ、敢えて逃げるが勝ちの戦略を取りました。
それは、もっとPKが得意な選手が存在していたのと、澤選手にはそれ以外でも活躍できる役割があったからです。
トップアスリートだから、そんな主張も認められると言われればそれまでですが、自分の得手不得手を自覚するならば、まずは正直に周りにそれを告げているか振り返ってみたいと思います。周りと共有しているステレオタイプを裏切りたくなくて、あるいは良い格好がしたくて、できないことをできる振りして苦しんではいないでしょうか。
また、周りに苦手を伝え、それから逃げても良いことを認めさせるためには、自分の得手が人より秀でていなくてはなりません。
ですから、自分の本質で活躍するためには、正直であることと、本質を磨くことが必要なのだと思います。