今日学んだこと

分かっていることは書かない。分かっていないから書いて学ぶ。だから「今日学んだこと」なのです。

功罪を同時に見る

(写真:川縁の景観)

考えに酔う

私たちは、自分で自分の考えを否定するのはたいへんです。
また、それに意見を言われるのも好みません。
それで、つい批判的な人から距離を置く傾向があります。
しかし、為政者がこれをしてしまうと一国の存亡に関わります。自分の気持ちに負けて、心地よい方、心地よい方へと流されてしまうと、国を預かる責任より、自分の考えに固執するようになります。そして、良くない方向へ歯止めがかからなくなります。
ついには、国を滅ぼすに至るのですが、そのため名君と言われる為政者は、あえて口煩い側近を重用し、よく意見を入れました。
そして、自ら姑、小姑に囲まれているような窮屈さを求め、自分の考えを正していたのだと思います。

見落としている罪の部分

自分で考えたことが、なかなか否定し辛いのは何故でしょうか。
それは、物事の功罪のうち、まず功の部分にスポットが当たるからです。
そして、そのメリットに心奪われて、その裏にある罪を見落としてしまいます。いや、むしろ、功を見つけた高揚感に水をかけるのが嫌さに、敢えて見ないようにしているのかも知れません。
そんなことを考えさせるエピソードがあります。
過去の投稿で何回も紹介していますが、城中松の廊下で、藩主浅野内匠頭が吉良上野介に切りつけて、取り潰しになる前の播州赤穂藩での出来事です。
・・・
町人数人が連れ立って、家老の大石内蔵助を城に訪ねました。
そこで、大石に面会した町人たちは、自分たちのプランを告げます。
それは、海に面した赤穂藩で製塩事業を始めれば、その収入で大いに藩の財政も潤うはずだから、自分たち製塩事業を許可して欲しいというものでした。
頷きながら興味深げに話を聞き終わった大石内蔵助は、「追って沙汰する故、しばらく待つが良い」と言って町人たちを帰しました。
町人たちは、「あの大石様の様子ならすぐに許可がでるに違いない」と喜び勇んで城から戻りました。
それから、1、2年の間は、「今か、今か」と製塩事業許可の沙汰を一日千秋の思いで待っていました。
ところが、一向に城からの沙汰はありません。
5年目にもなると、「大石様も分かったような顔をしていなさるが、何も分かっていないものだ」とすっかり諦めムードが漂い始めます。
そして、誰もが製塩事業のことなど忘れかけていた13年目、突如城から呼び出しがかかりました。

功罪を同時に見る

登城した町人たちに大石が告げたのは、製塩事業許可の知らせでした。
驚く町人たちに大石内蔵助は、これまでの経緯を語って聞かせました。
「そなたたちから製塩の話を聞いた時は、良い考えだと思ったのだが、よくよく検討してみたところ問題があったのだ。
それは、製塩のために釜を炊くにはたくさんの薪木がいる。大量に木を切り出せば、山はハゲ坊主じゃ。
そこに大雨が降ったらどうなる。
たちまち洪水になって、田畑は押し流されてしまうだろう。
農業の荒廃は、一藩の荒廃。
そう思ったから、この13年間植林に注力してきたのだ。そして、もう木を切り出してもハゲ山になる心配がなくなったので、そなたたちを呼び出したのじゃ。
製塩事業を許す、おおいに励むが良い。」
・・・
製塩事業の功だけを見て気持ちがはやっていた町人と、功と同時に罪の部分も考えていた大石内蔵助。
功罪合わせて考え抜くことができる彼の知恵の深さに感嘆させられます。

考え抜く力

思えば人類の歴史とは、功を追及して幸福感を味わい、それにともなって発生した罪で幸せが黒く塗りつぶされる、その繰り返しだったように思います。
例えば、狩りの効率を上げ、身を守るために発達した刀や槍などの武器、あるいは、土木工事の効率を向上させるために発明されたダイナマイト。その後、人間同士が殺しあう武器として異常な進化を遂げ、今度はそれらの武器をどう封じ込め、あるいは廃絶するかに躍起になっています。
食品の日持ちを向上させ、広く遠くまで流通させることに貢献した食品添加物。それが、あまりに過剰に出回るようになり、今度はガンを発生させる原因物質として忌避されています。
あるいは、アスベスト、原子力、遺伝子組み換え作物等、人類は次から次と夢を叶える代償として、新たな苦しみを生み出してきました。
やはり、全てのものには功があり、罪があります。その功と罪を見極めて、功の方が大きければ採用し、罪が大きければ断固捨て去る。
全てにそのような判断をしなければ幸福は実現しません。しかし、歴史が物語っているように、私たちは一時の功のみに引きずられて、罪を意図的に無視する傾向があります。
功が大きいほど、より慎重になって罪を見極める、そんな大石内蔵助のような考え抜く力を養いたいものです。