今日学んだこと

分かっていることは書かない。分かっていないから書いて学ぶ。だから「今日学んだこと」なのです。

責任を負って下さる人

(写真:梅の岩)

苦手な人

誰しも苦手な人はいます。
特に私は、先生にしろ、先輩にしろ、上司にしろ、すぐ上の人が苦手で敵いません。
なぜでしょうね。
一番近くで指導を受けていると言うことは、それだけ相手も自分に対して直接責任を負っていることになります。
だから、私のような多くが欠落した人間には、ついつい口がでるのだと思います。
いろいろと言われれば、それだけ窮屈に思うから苦手な相手になります。
しかし、ある時思いました。これではキリがない、と。
少し離れた所で見ている時は、気さくな良い先輩でした。それが、身近で指導を受けるようになると、厳しく、細かい、あまり好きでない相手になります。
でも、そんなことを繰り返していたら、いつまで経っても人の話が聞けるようになりませんし、自分の成長もありません。
やはり、変わらなければならないのは自分の方のようです。

楽は下にあり

上から言われて辛い。
そんなことを言っていられるうちが人生花かもしれません。
一度自分が指導する立場に立ったことを想像してみます。
本来、自分すら持て余している人間です。
それが、人を預かったら、その言動なり、仕事なりを指導しなければなりません。
仕事を割り振って、後は出来上がってくるのを待っていれば良いと思っていたら、それは余りにも浅い考え方です。
本来、慣れていない相手に慣れていないことをさせるのです。やり方の指導から、つまずいて苦しんでいる時のモチベーションコントロールまでしなくてはなりません。
また、相手にも、プライドや彼なりの思いがあるので、こちらの思う通りに動いてはくれません。
それをくどくどと言って動かそうとしても、かえって反発を深めて離れていってしまいます。
それは、自分が指導を受けている時を思い返してみても良く分かります。

責任を負って下さる人

ましてや、チームとしての成果を求められるのです。
下のものは、うるさい上司だな、と愚痴っていれば済みますが、上の人はチームの責任を負っています。
私たちは、上手く結果が出せなくても、所詮自分の範囲です。しかし、チームをまとめる立場の人は、メンバー一人一人に目配りをして、適切に動かさなければなりません。そして、その動きが悪ければチームを統率するものの責任として厳しく叱責を受けます。
一担当者ならば、不始末は自分の体を酷使すればなんとか挽回が可能でしょう。しかし、チームをまとめる立場は、自分から手を出す訳には行きません。いや、もし出したとしても、挽回するにはとても一人では不可能です。
メンバー一人一人のところに出向き、適切に動くことができるようになるまで、お互い腹を割って話をしなければならないのです。
そんなたいへんな立場であり、仕事です。

責任を分担する

上の人の責任や立場を思った時、私たちは言動をどう変えるべきでしょうか。
上の人の負った責任は、その下のメンバーが負った責任の集合体であり、私たちが自分の責任を果たしさえすれば、同時に果たされるものです。
だから、上の人は一人一人のメンバーが自分の責任を果たすことに一番注力をします。
メンバーの中にはできる人もいるでしょう。反面、今一つの人もいると思います。
しかし、できる人にはできるなりに、できない人にはできないなりに、目標を与え、その目標をクリアするように働きかけなければ、チームの目標は達成できません。
つまり、私たち各人が負った責任を同時に上の人は負ってくれているのです。
口煩いとか、やり辛いと言う思いは消せませんが、自分と上司は責任を共有していると自覚を持って、まず自分の負った責任に対する意識から変えていきたいと思います。