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今日学んだこと

分かっていることは書かない。分かっていないから書いて学ぶ。だから「今日学んだこと」なのです。

一筋に心定めよ浜千鳥 いずれの浜も波風の立つ

(写真:夜明けの除雪車)

今と違う場所で幸せになりたい

天職という言葉があります。
「私はこれをするために生まれて来た」、そう思える仕事のことです。
人間誰しも得手不得手があります。
机の前に何時間でも座っていることが得手な人、不得手な人。人とコミュニケーションを取るのが得手な人、不得手な人。
人より得手で、才能を発揮でき、また情熱を持って取り組める仕事に就けている人は幸せです。
そして、給料が高いとか、社会的に評価されていること以上に恵まれていることです。
しかし、なかなか人生そんなに上手く行きません。好きで飛び込んだ仕事でも、現実は良いことばかりではありません。また、うまく才能を発揮できていても、キャリアを重ねる内に管理職に抜擢されたり、あるいは営業職に移動になったりします。すると、自分が得意でやり甲斐を持って取り組めた仕事から、不得手で面白みのない仕事に取り組まざるを得ないこともあるでしょう。
果たして、今プロとして仕事をしている人で「できれば仕事を辞めたい」と考えている割合はどれほどでしょうか。
3割か、5割か、はたまた8割以上かも知れませんね。

幸せのある浜

家族や生活のしがらみがないとして、自由に仕事を移れるなら何をしますか?
牧歌的な雰囲気に憧れ、牧畜を志すのはどうでしょうか。
あるいは、自分の腕で一生涯続けられる仕事をしたいと飛騨の家具職人に弟子入りするとか、一時期流行ったように、陶芸家を目指すとか。
重い縦社会にうんざりして、少数精鋭の技能集団、例えばソフトウェアハウスに就職できれば、思い切り好きなように活躍できそうです。
いや、それより思い切って起業してみましょうか。これでもう、うるさい上司とも、あるいは競争相手の同僚ともオサラバです。
それとも、クリエイターを目指しますか?いや、それよりもっと人に夢を与えることができるエンターテイメント業界に飛び込んでみるのも有りかも。

変わらぬ波風

とは言え、これらは「他人の芝生は青く見える」話の典型です。
たとえば、牧歌的な雰囲気は良くても、牧畜は動物を生産財として使う仕事です。もし、会社のパソコンが古くて動かなくなったらどうしますか?そう古い機械は廃棄して、新しいパソコンに買い換えますよね。
牧畜とは、これを命のあるもの相手に行う仕事です。古くなって廃棄するとは、すなわち潰して肉にすることです。それを、まだまだ寿命を迎える前に容赦なく行うのです。そうでなくては、もう利益を生まないものに原価ばかり食われ、赤字が膨らむことになります。
そして、そこまでしても、なかなか農業経営は厳しいのです。
どうですか。牧歌的な雰囲気とは裏腹に、なかなか牧畜も波立つ浜ではありませんか。
あるいは、飛騨の家具職人ならば生き物の命を取らないから、余程良いかも知れません。
飛騨の家具と言えば、知名度もあり、手に職をつければ食いっぱぐれがないイメージがありますしね。
しかし、最初は5年程度の見習い期間があり、その間は月収10万円程度で凌がねばなりません。やがて、一人前と認められれば、会社員並みの給料が貰えるようになりますが、基本休みは週一回日曜日のみと言うところが多いようです。
それに、最近は安い輸入家具に押されて売り上げが低迷し、職人の年収が300万と言うところも少なくないとか。
果たして、今の波立つ浜を離れて、移って行きたい浜かと言えば、正直考えてしまうでしょう。

一筋に心定めよ浜千鳥

「一筋に心定めよ浜千鳥 いずれの浜も波風の立つ」
今の浜が波が高くて辛いからと、他に幸せな浜を求めて渡りを繰り返す浜千鳥。
しかし、いずれの郷にも波立たぬ浜はありません。こんなことをしていてもキリがないと、今の浜で生きていこうと一筋に心を定めます。
そして、勇気を出して今の浜で苦難に立ち向かうから、そこに光があります。
私たちも、今の職場や環境にたくさんの不満や苦しみを抱えています。そして、出来れば他の幸せな浜に飛び立ちたいと夢を描きます。
しかし、漠然とイメージしている甘い夢は、いざ本当に飛び込もうとしたら、厳しい現実が待っています。
・・・
でも、それが分かることはとても大切です。今自分が抱えている苦しみはどこにでもある、いや寧ろ今の自分の方がはるかに恵まれていると分かるからです。
どこへ行っても同じと知れれば、今の苦しみ悩みに立ち向かう勇気が出るでしょう。
それでもし、波立つことが知らされてなお飛び込みたい浜があれば、それは本物です。
いずれにしろ、ここで生きていく、そう腹を括って初めて見出せる光があります。
私たちが一筋に心定めた浜千鳥になるのです。