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今日学んだこと

分かっていることは書かない。分かっていないから書いて学ぶ。だから「今日学んだこと」なのです。

まゆの中 〜自業は全て自得に還る〜

(写真:ビンテージ)

■自業は全て自得に還る

自業自得と言います。
『業』は行為のこと、『得』は私たちの運命です。
自業自得とは、私たちの運命の全ては、自分のそれまでの行為によって作られると言う教えです。
今、恵まれて幸せを感じている人は、それまで頑張って良い種まき(行為)をして来られたのでしょう。今、辛く苦しい思いをしているなら、それまでどんな行いをして来たのか、その種まきが反省されます。
よく世の中では、パワースポットとか、運気と言い、場所や石、あるいは神のような超越的存在が私たちの運命を変えると思われています。しかし、自業自得に立てば、自分の行い以外に今の運命を作るものはありません。
もし、石や場所で運命が変わるとしたら、それはプラシーボ(偽薬)効果のように、「こんなパワーストーンを持っているから大丈夫」と、少し勇気が出て動き出した結果が、事態を好転させたのでしょう。

■天に向かって唾を吐く

また、天に向かって唾を吐けば、高く上がった唾はそのまま、自分の顔めがけて落下します。
人に向かって吐いた酷い言葉は、巡り巡って自分を苦しめます。喧嘩が強くて、仕返しされないものだから、殴りたいだけ殴っていた人間は、いずれ病気や老いで身体が弱った時に酷い扱いを受けるでしょう。
できる人間は、周りの人間に優位性を示すことができます。さぞ、敵もいなくて幸せな人生を送っているだろう、と思いますが、できる人間はできる人間なりのステージが用意され、そこには我々では思いもよらないような強敵が現れます。
ドラマや映画に出てくる絶対的なヒーローは、正義と称して敵を打ち倒します。しかし、現実にそんな人がいたらどうでしょうか。倒された敵にも仲間がいれば、家族もいます。彼らは、大切な人を殺られた恨みを抱き、今度はヒーローを倒そうとつけ狙います。そして、恨みの連鎖は際限なく広がるのです。やがて、さすがのヒーローもその渦に抗しきれずに飲み込まれてしまうに違いありません。
私たちの行為は、未来の私たちの運命につながります。そう考えれば、私達の一挙手一投足が、未来の私に無限の責任を持ちます。

■身体、言葉、そして心

私達の行為が未来の運命を作ります。そして、その行為に3通りあります。
一つは、身体の行い。
実際、手足を動かして、いろいろな行いをする。良いことならば、ボランティアをしたり、悪いことならば、人を傷つけたり。
二つには、口の行い。
私達の口から出る言葉は、実際に人を傷つける訳ではありませんが、いろいろな影響を周りに与えます。
例えば、優しい言葉をかければ、周りが和みます。反対に乱暴な言葉を発すれば、周りの人は一斉に気分を害します。
前向きな言葉を言えば、周りも勇気が出ますし、後ろ向きな言葉を撒き散らせば、重く沈んだ雰囲気に皆んなが迷惑します。
三つには、心の行い。
心は外から見えませんし、何を思っていても、誰からも咎められる訳ではありません。
しかし、ムカムカと心で人を恨んでいれば、身体は不健康になり、仕事でも思うような結果を出すことはできません。反対に、感謝の多い人は表情も明るく、いきいきと毎日を送ることができます。

■まゆの中の世界

このように、身体も、口も、心ででも、私達は種まきをして、刻々と自分の未来を作っています。
そして、全ての行為は、自分自身に返ります。まるで、狭いまゆの中の世界です。
もし、私達が狭いまゆに閉じ込められて生活していたらどうでしょうか。
自分の身体から発する臭気も、放射する体熱も、狭いまゆの中では全て自分に返ります。
唾を吐いても、大きな声で怒鳴っても、壁に跳ね返されて、自分自身が辛い思いをします。
まゆの中の世界、そう私達も自業自得と言う見えないまゆの中に住まいしています。
身体でしたことも、口から発した言葉も、心で人知れず思ったことも、全部自分自身に返ります。人を殴るために突き出した拳も、人を傷つけようと罵った言葉も、そして人知れず心に秘めた恨みも、それは相手ではなく、自分自身に向けられたものなのです。
よくよくそのことを心に入れて、無軌道で自己中心的な言動を改め、よく身を慎みたいと思います。