今日学んだこと

分かっていることは書かない。分かっていないから書いて学ぶ。だから「今日学んだこと」なのです。

バーバルとノンバール 〜熱意は語る〜

(写真:スペードの木)

■言語と非言語

ある時、往年の大俳優ポール・ニューマンがレストランで、メニュー表にある料理の名前を次々と読み始めました。
声に出し情感を込めてゆっくりと。
すると、周りで聞いていた人はだんだん感きわまって胸が熱くなってきました。そして、中には声を上げて泣き始めた人もいたそうです。
・・・
どこかで一度読んだだけのエピソードなので、真偽のほどは定かではありませんが、ポール・ニューマンならありそうな話です。
しかし、彼が読んでいたのは、料理のメニュー表です。そこに、料理の名前や値段以外のストーリーが書き込まれていたとは思えません。
しかし、ポール・ニューマンが読み上げると、普通のメニュー表が人に感動を与える読み物になるのです。
これは、文字や言葉以外の情報、例えば声の抑揚、間の取り方、緩急、あるいはニューマン氏の仕草が周りの人の感情に作用したからでしょう。
このように、私たちが伝達する情報には言語によるもの(バーバル)と非言語によるもの(ノンバーバル)があります。

■いろいろな情報を受け取る

私たちは、相手と会話する時、そこからいろいろな情報を受け取ります。
まず、言葉、バーバルですよね。あと、顔つき、目つき、表情、口調、抑揚、緩急、仕草、身振り、手振り、いわゆるノンバーバルです。
言葉は耳で受け取ります。対して、非言語、ノンバーバルは主に目で受け取ります。
人間は情報の9割を目から受け取っていることを考え合わせると、よりノンバーバルからの情報に影響されるのは容易に想像できます。
つまり、言われている言葉は同じでも、言われた時のノンバーバルで伝わり方はまるで異なります。
「あ、いつでも良いですよ。都合の良いとき返してください。」
と、借金をした相手に言われたときでも、素直にそれを受け取れる時と、受け取れない場合があります。
それは、口調は穏やかでも、ものすごく低く絞り出すように言われたり、顔は笑っていても目が怒っていたり、はたまた身体を小刻みに動かして明らかにイライラしていたり。
そんな時は、何をおいてもすぐに返そうと思います。

■熱を込める

同じことを言われても、百雷の如く響く場合があります。
相手は自分よりかなり高齢で、身体も小さい。肩書きをぶら下げているわけでもない。
しかし、その人の一言は非常に重く心に残ります。
もちろん、その人との関係性もあるでしょう。上司とか、お客様とか。
それ以外で響く時はきっと、その人から言葉以外の多くの情報を受け取っているからです。言葉のリズム、間の取り方、あるいは目に見えない気迫とか。
確かに、もの凄く周りに影響を与える人と、そうでない人がいます。同じ内容を言っていても、周りに真剣に聞かせてしまう、その人の一言一言に周りが敏感に反応する。
それをカリスマというのでしょうね。
おそらくその人は、言葉以上に非言語、すなわちノンバーバルで影響を与えている人なのです。
例えば、本人たちは意識していなくても、経営者とか、組織で上に立つ人とか、トップセールスマンとか、私たちの目に見えないノンバーバルの情報をたくさん発信していそうです。
果たしてそれは、先天的なものか、後天的に獲得できるものか?私が思うに後天的に獲得できる部分もありますが、やはり先天的な部分が大きいようです。
そこから、人の上に立つ人間と、そうでない人間にある程度分かれるのではないでしょうか。
そして、私などはあまり人に影響力を持たない人間で、非常にノンバーバルが弱いわけです。
しかし、そんな私でも実践できるノンバーバルがあると思います。それは、行動に熱を込めることです。

■自ら信じる

昔、アニメ「一休さん」で、「歌の名人」と言うエピソードがありました。
食い詰めた浪人者になんとか家族を養う道を見つけよう一計を案じた一休さん。
「歌の名人」と言う触れ込みで、町の人に紹介します。しかし、彼は全く歌の経験がありませんでした。
「果たして大丈夫だろうか」と心配する浪人者に、一休さんは一言だけ告げます。
「決して、何があっても歌うことを止めないでください。」
かくして、浪人者の歌が始まりましたが、案の定酷い音痴です。
そして、ついには聞いている人が怒りだしました。
「どこが歌の名人なんだ、嘘つき!」
そして、口々に野次を飛ばしながら、舞台にいろいろなものを投げつけました。
しかし、どんなに罵られても、物をぶつけられても決して歌を止めようとしません。ついに、仰向けに転倒しても歌い続けたのです。
するとこれに、歌を聞いていた人たちがびっくりしました。
「おお!倒れてもまだ歌っているぞ。これこそ本当の歌の名人だ!」
かくして、歌の名人と認められた浪人者は、その後の生活の道を得たのでした。
・・・
言語(この場合は歌ですが)はどんなにお粗末でも、その行動自体に熱がこもっていれば人は認めてくれます。
同じように、私のような不器用な人間はスマートに人を説得することはできません。
だから、せめて喋り方や、そして行動に熱を込めます。そして、言葉以外で相手に認めてもらうのです。
しかし、行動に熱を込めるには、自分のやっていることに対する自信と確信が必要です。
自分を信じること、それが不器用な自分の唯一の武器かも知れません。