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今日学んだこと

分かっていることは書かない。分かっていないから書いて学ぶ。だから「今日学んだこと」なのです。

ドアノック 〜私にできることはありませんか〜

(写真:切り紙の牧場)

■部署の壁、立場の壁

側から見ていると、もっと協力し合えば良いのにと思うのが、同じ会社の違う部署同士。
そんなに人数が多いわけでもなく、また事あるたびに集まって打ち合わせをしている割には、意外に肝心なところが連携出来ていなかったりします。
少し一般論に話を振れば、どうしても溝が生まれるのが、営業と技術の間です。
営業は何とか契約を取ろうと朝から晩まで駆け回ります。そして、やっと契約に漕ぎ着けてヤレヤレと思ったのも束の間、今度は技術との調整が待っています。正直、ここまでの道のりの長さを思えば、後少しぐらいの無理は聞いてもいいじゃないかと思います。
しかし、技術側からすれば、原価割れしそうな金額で受注して、さらに営業利益を残したいものだから、今までよりずっと安い原価で作れと言う。
原価を下げても、精度や品質を落として良いわけでない。つまり、営業の都合に合わせて、しわ寄せを呑めと言われている訳です。
・・・
お互いの気持ちは痛いほど分かりますし、実際、歩み寄りは難しいでしょうね。
でも、お互い目指している方向も同じなら、願っていることも同じはずです。
ならば、本来もっと歩み寄りが出来ても不思議ではありません。

■問題の共有が問題

会社である以上、営業と技術とで部署の違いはあっても、少しでも利益を上げることが共通の目的です。
利益を上げて、まずは社員全員の生活を守らなくてはなりません。利益を上げることができなければ、給料を満足に払うこともできなくなるので、それはとても切実な問題です。
その利益は、どのビジネス書にも書かれているように、売上−原価から求められます。
そして、売上は営業の、原価は技術のミッションとして与えられます。
営業は、少しでも多くの顧客と案件を獲得して、多くの売上を持ち帰らねばなりません。また技術は、少しでも、時間と人手を削減して、より品質の良い製品を作らねばなりません。
そして、売上のアップと原価のダウンを最大化することで、多くの利益を生み出すことができるのです。だから、営業も技術もミッションは違いますが、目指している方向は同じです。
しかし現場ではその共通の目的より、自分の部署の利益に目がいくものです。
営業は、少しでも売上を上げようと目の前の案件獲得に躍起になります。技術は、その営業に振り回されて、製造現場を掻き回されないよう頑なにガードを固めます。
そうすると、売上を上げたり、原価を下げる時の阻害要因は共通であるはずが、お互いの立場が邪魔をして、その問題の共有ができないのです。
それこそ、本当の問題だと思いませんか。

■ドアノック

部署には、お互いの立場があって、ついつい自分の主張が強くなります。
しかし、それで本当に大切なことが見失われてしまったとしたら残念です。
それは、会社の利益もそうですが、それを与えて下さるお客さんからの信頼であったり、より喜ばれるサービスの創出です。
強いサービスを生み出すためには、営業のコミットと技術のモノづくりに対する情熱が必要です。それは、車輪の両輪のようなもので、どちらか片方だけでは成立しません。
では、どうしたらそのように部署の立場を越えて連携をできるのでしょうか。
やはり、それは気がついたものから声を上げるしかないのでしょうね。
営業と技術のどちらの立場もよく理解した上で、「本当に大切なことは何でしょうか」と問いかけるのです。そして、それは双方に相応の血を流すことを求めることでもあります。
当然、お互い良い顔をしないでしょうが、諦めずにドアノックをし続けなくてはなりません。

■私にできることはありませんか

二つの部署に言いづらいことを言うのは、管理部門や企画部門のように中立の立場の仕事でしょう。
しかし、特に企画は「外からの知識を持ち込んでは、偉そうにああしろ、こうしろといいやがる」と敬遠されがちです。
そんな企画の立場から、さすがに上から物申したら嫌がられます。
ならば、代わりにこんな言い方はどうでしょうか。
「私にできることはありませんか?」
ああしろ、こうしろでもなく、あるいは受け身でもなく、嫌味なく相手にヘルプを出せるマジックワードだそうです。
「私にできることはありませんか?」
「別にないよ。」
当初はそんな会話ばかりかも知れません。
しかし、諦めずに言い続けていれば、相手が本当にヘルプを出したいタイミングと合うでしょう。そうしたら、そこから小さな流れではありますが連携が始まります。
やがて、その流れが集まって、大きな流れとなります。
そして、部署を越えて、共通の目的に向かった時、会社は大きく変わるのです。
その日まで、微力ではありますが、「私にできることはありませんか?」を言い続けたいと思います。