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今日学んだこと

分かっていることは書かない。分かっていないから書いて学ぶ。だから「今日学んだこと」なのです。

(写真:夕陽の牧場 その7)

■鎧

鎧。
それは、戦場で自分を傷つけるものから身を守るためのものです。
鎧にもいろいろ有って、日本の鎧は防御よりも機動性重視です。それに対して、西洋の甲冑は、全身を鋼で覆って防御は鉄壁な分、動き回るのはかなりたいへんだと思います。
しかし、戦場では、実際に生き死にがかかっているので、なるべく堅固な鎧に身を包んで安心しようとするのでしょうね。
もちろん、私たちの日常は戦場ではありません。だから、重い思いまでして甲冑に身を包む必要はありません。
しかし、日々いろいろな危険と隣り合わせで、不安に苛まれているのは現代も同じです。
だから、少しでも安心したいと、私たちなりの鎧に身を固めます。
では、私たちにとっての鎧とは何でしょうか。

■鎧は安心感を保証するもの

鎧とは、私たちに安心感を保証するものを言います。
安心感?
そう聞くとまず生命保険を思い浮かべる人が多いでしょう。
生命保険は少しずつ積み立てて、病気や事故等の不測の事態に備えるものです。
もちろん、それはお金の保証に限ったことなので、遺族が抱える喪失感は埋めてくれません。
それに、そもそも病気にならないようにする方が大事なので、運動に心掛けたり、身体に良いものを食べて健康管理をします。そうすると、必ず長生きができる保証はないとしても、なんとなく安心できますよね。
これも、私たちにとって一つの鎧です。
その他、生活困窮することは豊かさに慣れた私たちにとって恐怖なので、一生懸命蓄財に努めます。これもお金の鎧で身を包んで安心感を得ようとしているのです。
ならば、若くて健康で、一定の生活が保証されたら、もうそれ以上の鎧は必要ないのでしょうか。言い換えれば、それ以上のお金、あるいは力や立場を求める必要はなくなるのでしょうか。
よく会話の中で、「贅沢は言わないけど、せめて必要最低限のお金があれば良い」と言います。でも、それは本当でしょうか。
実際世の中で成功を収めている人を見れば、5億円の邸宅を買ったとか、何千万もする高級車に乗っているとか、ステータスならより上を上をと目指してキリがありません。
人間はどこまでも、より強く頑丈な鎧を求めずにおれないようです。

■自分を閉じ込める鎧

『貧苦は共有できるが、富貴は共有することはできない』と言った人があります。
志を持った仲間が集まって事業を起こした時、大抵は最初からうまく行きません。
思うように仕事が取れず、お金が稼げないので、食べるものも食べず肩寄せあって頑張ります。でも、そんな貧苦の中、お互い愚痴も言わず助け合います。
しかし、お金が入って余裕が出来ると、だんだん互いの気に入らないところが目につき始めます。売れた途端解散するロックバンドのように、成功した直後に袂を分かつ例をよく耳にします。
貧苦の時は、とにかく生きていくのに精一杯です。だから、お互いの力を頼りにしなければ生きていけません。つまり、お互いの存在が自分を守ってくれる鎧なので、そこから自然に結束が生まれます。
しかし富貴の時代には、仲間と言う鎧は必ずしも必要ありません。
代わりに互いのプライドや自我が噴き出して、それを守るために鎧が必要になります。
俺はアイツより優れていると言う優越感であったり、またそれを証明するための実績であったり、地位や権力であったり、そんな鎧です。
我々のようなものから見れば、多少待遇に不満があっても、もう十分恵まれているから良いではないかと思います。でも、十分な報酬や高い社会的ステータスのもの同士集まっていると、その中で頭一つ抜けたいと思うのでしょう。優越感と言う鎧でガチガチに心を固めます。
それで、ついつい許せることが許せなくなり、我慢できることができなくなり、亀裂を生みます。
そして、いつの間にやら、自分を守るはずの鎧が、心にまとった重しとなり、また自分自身を狭い世界に閉じ込めるのです。

■何故昆虫は大きくなれなかったか

優越感を得たい、下に見られたくない、人より勝りたい。
そんな気持ちでまとってしまった鎧。
鎧は、身を守る反面、身体の自由を奪います。そして、自分の成長すら阻害します。
良い例が、昆虫です。
現代に人間サイズの昆虫がいたら最強の生物です。弾丸をも跳ね返す甲冑をまとい、カミソリよりも鋭い牙や鎌を持っています。身体を半分に千切られても死なない生命力、ましてや逞しい背筋で大きな羽を動かして自在に飛び回ります。
こんな巨大な昆虫がいたら、私たち脊椎動物はことごとく狩り尽くされ、今のような繁栄はなかったでしょう。
しかし、そうなっていないのは、昆虫は私たちの脅威となる程大きくならなかったからです。そして、これは我等脊椎動物からすれば僥倖だったかも知れません。
しかし、何故昆虫は巨大化して地上の覇権争いに加わらなかったのでしょうか。
それは、巨大化しなかったのではなく、身にまとった甲冑がいましめになって、巨大化できなかったからです。
身を守ることに集中するあまり、自ら成長する機会を捨てた昆虫のごとく、過剰過ぎる鎧は、私たちの成長の妨げとなります。
高すぎるプライドが挑戦の勇気を挫き、次に進むことをためらわせます。挑戦して失敗すれば、仮初めの優越感を鎧にして守ってきたプライドが傷つきます。
お金や地位名誉の鎧が、かえって自分を狭い檻に閉じ込めることもあります。
晩年スターリンは大きな権力を手にしましたが、いつも暗殺者の陰に怯え、厳重に囲われた密室で起居しました。ところが、その中で脳卒中に倒れたのです。部屋の外に警護の兵はいましたが、スターリンの睡眠を妨げて機嫌を損ねることを恐れた彼は、朝起床して来なかったスターリンをそのまま放置しました。かくて発見の遅れたスターリンは、そのまま命を落としたのです。
もし、スターリンが権力や地位の鎧で身を硬く包んでいなければ、余程彼の晩年は違ったものだったでしょう。
過剰な鎧には心したいことです。