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今日学んだこと

分かっていることは書かない。分かっていないから書いて学ぶ。だから「今日学んだこと」なのです。

ブランド

(写真:夕陽の牧場 その6)

■イブサンローラン、シャネル、カルチェ

学生の頃、入学祝いで貰った生涯最初のネクタイはイブサンローランでした。
友達から「なんだ、その趣味の悪いネクタイは!」とからかわれた時に、ネクタイを裏返して『イブサンローラン』の刺繍を見せました。すると、途端に友達の軽口は止みました。
さすがは、イブサンローラン。ブランド効果抜群です。
しかし、正直言えば、私自身そのネクタイを趣味が良いとは思っていませんでした。
いや、シャネルやカルチェ、ブルガリ、ルイヴィトン等々、申し訳ないけど男の目から見ると、そのどこが良いかよく分かりません。デザインなのか、材質なのか、あるいは作りなのか。
ひょっとしたら、ブランド品愛好者にもその価値を分かっていない人がいるかも知れません。でも、一度ブランドのネームバリューができると、よく分かっていない人も含めて我も我もと手を伸ばします。
ブランドとは全く凄いものだと思います。

■名前が語る

ブランドとは何でしょうか。
wikipediaによれば、本来「ブランド」は自分の家畜に烙印を押して、他の人の家畜と区別することを言いました。
また、商標法における「ブランド」も、自社製品を他社のものとを区別するために、製造元が取り付けている商標やマーク、タグを指します。
しかし、その製品が優れていることが広く周知されると、商標やマーク自身が「品質が良い」「使い勝手が良い」と言うイメージを消費者に連想させるようになります。
やがて、そのイメージが確立すると、商標やマークが、商品やサービスを離れて一人歩きします。
つまり、これがブランドです。
ですから、シャネルやブルガリと言ったブランドショップを開店すると、その名前だけで消費者を集め、無条件に大枚を払って貰える仕組みができるのです。

■ブランドは1日にして成らず

ブランドとは、その商品に対する信頼が長い時間をかけて定着した結果、成立するものです。
いわば、「ブランド」=「信用」とも言えます。
信用は1日にして成らず。
私たちもよく経験することですが、今まで実績のない市場に参入しようとするとたいへんです。
なにしろ、実績がない。経験がない。
だから、紹介もして貰えなければ、口コミもして貰えない。
あるのは、「やらせて下さい」「任せてください」のやる気と元気だけ。
それで、「大切なお金で仕事をさせてください」と言ってもなかなか難しいでしょう。
しかし、何とかかんとか頭を下げているうちに、意気に感じたのか、お客様の一人が仕事を任せてくれます。
これは、とても大切なチャンスです。
十二分に満足していただき、良い評価を貰わねばなりません。
もし満足して貰えなければ、次に挑戦するハードルはかなり高くなります。
しかし、十分満足して貰えれば、そこから次の仕事につながります。他のお客さんに紹介して貰えるかも知れません。
このように一案件ずつ確実に積み重ねた結果、だんだん「あの会社は良い」とイメージが広がっていきます。
そして、イメージが確立すれば、それが信用となり、ブランドとなります。
中には、ブランドは嫌いと言う人もいますが、おそらくは、とかくブランドを奉る傾向に異を唱えているのであって、ブランドを生み出した会社自身を嫌っている訳ではないでしょう。
ブランドを持っていると言うことは、それだけその会社が信用を得るために努力した証拠だからです。

■人を動かすもの

昨今の傾向として、有名人がデザインをして、そのネームバリューでブランドを立ち上げることがあります。
確かに、その芸能人なりの知名度がそのまま商品の信頼につながると言えますが、正直私には違和感があります。
また、地方をブランドにした商品もあります。例えば、夕張はメロンで有名だから、そこで作られたメロン関連の商品は全てブランド品になる、のように。
確かに、いずれも他者と区別するための烙印でなら「ブランド」はおかしくありません。
しかし、「ブランド」=「信用」とすれば、信用は企画してそんなに簡単に作れるものではないでしょう。
企業のブランドは、その会社が汗と油で築きあげた信用そのものです。それ故に、消費者を動かす力があります。
だから、私には今のようなイメージが先行するマーケットには違和感を感じます。
本当のブランド価値は、会社が長い間積み重ねた信用を基礎にしているのです。そして私たちも、昨今不祥事を起こしている企業を反面教師として、信用をずっとつなげる企業でありたいと思います。
それがいずれ私たち自身を「ブランド」にします。