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今日学んだこと

分かっていることは書かない。分かっていないから書いて学ぶ。だから「今日学んだこと」なのです。

内燃型人間

(写真:那覇の海 その2)

■かわせみ

『濁りえの にごりに魚はひそむとも
などかわせみの とらでおくべき』
かの忠臣蔵で有名な大石内蔵助が読んだ歌と言われています。
江戸城松の廊下で、決して抜いてはならない刀を抜いて吉良上野介に斬りつけた浅野内匠頭。
その咎で身は切腹、赤穂3万5千石は取り潰しとなり、藩士並びにその家族は路頭に迷いました。
なぜ喧嘩両成敗であるべきところ、主人である浅野内匠頭だけが詰め腹を切らされたのか。
不公平な公儀の裁定に、赤穂藩士たちは不満を募らせ、主君の無念を悼む気持ちと相まって、怒りの矛先は相手の吉良上野介に向かいました。
赤穂城から出され、野に放たれた元赤穂藩士たち、吉良側では主君の仇討ちを画策しているのではと戦々恐々とします。しかも、リーダーはあの人物と名高い大石内蔵助です。
吉良の江戸屋敷では、いつ襲撃されても良いように十重二十重と警護を固めていました。
一方、四十七士を募り、鉄の結束を固めて主君の仇討ちの機会をジッと狙っていた大石内蔵助。仲間を江戸に集結させ、吉良邸を監視しますが、とても警備が厳重で簡単に行きそうにありません。
そこで、内蔵助は一芝居を打ちます。
昼間から遊興に明け暮れ、飲んだくれて江戸の町を徘徊しました。
最初、江戸町民たちは、浅野内匠頭の無念を哀れに思い、内蔵助の仇討ちを今か今か待ち望んでいましたが、あまりにみっともない彼の姿に愛想を尽かしていったのです。

■内蔵助の本心

大石内蔵助は不甲斐ない姿を晒して、吉良側の警戒を緩めようとしました。
しかし、内蔵助の人となりを知る人が、「果たして今の大石殿は本当に腑抜けになってしまったのか、あるいは、吉良の警戒を解くためにワザとそうしているのか、なんとか確かめたいものだ」と一計を案じました。
そこで、内蔵助の通る道に開いている店の一件に飛び込み、主人にある頼みごとをしたのです。
「いつも、この前を大石内蔵助殿が通りかかられるようだが。」
「へえ、大石なんてたいそうな名前、もったいのうございます。大事な主君の仇討ちを忘れて、昼間から女のところで呑んだくれているような奴は、大石どころか、漬物石で十分でさあ。いつも前を通るたびに、どれだけ塩をまいてやろうと思っているか。」
「まあ、まあ。実はそなたに頼みがあるのじゃ。大石殿が通りかかられたら、絵に賛をもらって欲しいのじゃ。」
「へえ、讃ですか。」
「もし、首尾よく行ったら、そなたに礼として20両を払おうと思うが、どうかな?」
「えっ、20両ですか!やります!やります!やらせて下さい!」
と、かくして話はまとまり、店の主人は大石内蔵助が来るのを今か今かと待つようになりました。

■内蔵助の不覚

そして、何日か後、いつものように女に抱えられながら、すっかり酩酊した内蔵助が通りかかりました。
待ちかねたように店の主人は走り寄ると、うやうやしく声をかけました。
「これは、これは大石様、いつもご贔屓に有難うございます。」
「おお、主人、何かな?」
「はい、実はお願いしたいことがありまして。」
「ほう、この私にかね。」
「絵に賛をしていただきたいのです。」
そうして、内蔵助を奥に通し、墨と筆を用意させ、文机に絵を広げました。
ふすまをピシャリと閉めた内蔵助は、いままでの酩酊の体を急にしゃんとして絵を睨みます。
店の主人が賛をして欲しいと言った絵、それは、一匹のかわせみが川面に突き出た杭の上に止まり、水面下に泳ぐ魚をジッと狙っている絵でした。
そして、さらさらと筆を動かして書いた言葉が、
『濁りえの にごりに魚はひそむとも
などかわせみの とらでおくべき』
だったのです。
書き終えて、ふすまを開け、主人を呼んだ大石内蔵助はもうすっかりへべれけの体に戻っていました。
主人のもとを辞し、屋敷に帰った内蔵助でしたが、急に「ああ、しまった!この内蔵助、一生の不覚!」と叫んだのです。
そして、「50両を払っても良い。あの絵を買い取って参れ」と使用人に命じました。
しかし、その頃、大石内蔵助が賛をした絵は既に人手に渡った後でした。

■内に秘める

もし、この絵と賛が吉良側に渡っていたら、忠臣蔵の討ち入りは実現しなかったろうと言われています。
では、内蔵助が「ああ、しまった!この内蔵助、一生の不覚!」と叫んだのは何故でしょうか。
内蔵助が、賛に「かわせみ」と書いたのは、大石内蔵助をはじめとする四十七士のことです。そして、濁りにひそむ魚とは、吉良上野介の白髪首です。
どんなに、屋敷内に厳重に隠れようとも、必ず吉良上野介を討ち果たし、主君の仇を注いでみせると言う大石内蔵助の気持ちが賛には現れています。
読むものが読んだら、そんな内蔵助の思いが痛いほど伝わります。
反対に吉良側から言えば、「やはり腑抜けのふりをしていても、内心は片時も仇討ちを忘れていない」と、ますます警備を強固にしたことでしょう。
しかし幸いにして、内蔵助に同情的な人物の企てだったため、事なきをえる事ができました。
・・・
腑抜けよ、漬物石よと謗られても、うちにジッと思いを秘めた人はいます。
今、見えている姿だけが、その人の全てではありません。
うちに秘めた思いが熱いほど、いざその時には大きな力を生みます。
むしろ、その時に備えてジッと力を温存していると言うべきでしょうか。
命の使い所を間違えないようにしたいものです。