今日学んだこと

分かっていることは書かない。分かっていないから書いて学ぶ。だから「今日学んだこと」なのです。

食糧自給率のうそ

(写真:那覇のよる その6)

■食糧自給率のうそ

日本の食糧自給率は、年々低下して、カロリーベースで消費量の40パーセントと言われています。
つまり、食糧の6割は海外の輸入に頼っており、例えば異常気象や、大きな戦争が起こって海外から食糧の輸入が一切できなくなれば、6割の人が飢えて死ぬことになります。
これは、私が子供だった40年近く前から言われ続けてきました。しかし、それにも関わらず全く手を打たれないまま、ずっと食糧自給率は低下してきました。
これで日本の食は大丈夫なのでしょうか?
だから、海外との強いパートナーシップを構築して、食糧の安定供給ができるようにしようとか、あるいは、日本の農業が再生できるように、農業振興の施策を打とうとか・・・そんな政策の根拠となっています。しかし、この食糧自給率に異を唱える人は少なくないのです。

■もし、食糧が輸入できなくなれば

では、実際に海外から一切食糧が輸入されなくなったらどうなるのでしょうか。
カロリーベースの食糧自給率の40パーセントを使ってそのままシュミレーションしてみたいと思います。
国内でまかなえているのは4割なので、海外からの輸入に頼っているのは残りの6割です。ところがこの日本では海外からの輸入量の3分の1を廃棄しています。
だから単純に言えば、海外から食糧が入らなくなって困るのは実質4割までです。
またカロリーベースでは、食料自給率の高い米や野菜は低カロリーなので、高カロリーな肉や魚、卵に比べて自給率に占める割合は低くなります。さらに、国産の家畜や加工品であっても飼料を海外から仕入れているものは、国内の自給率に含まれないので、実質の自給率はもっと高いと見込まれます。
それに、本当に海外と国交が断絶し、一切食糧が入らなくなれば、食べ物の中身に拘ってはいられません。とにかく、国内で手間をかけずに大量生産できるものに集中するでしょうし、休耕地だろうが、荒廃地だろうがフル活用するでしょう。
だから、今のように食べ物の嗜好にさえ拘らなければ十分国内の食糧を賄えると言うのが私の持論です。

■食糧自給率の真実

むしろ、食料自給率の問題は、食糧の量そのものよりも行政や物流の問題です。
たとえ、食糧が十分生産されていても、消費地まで届けられなくては、国民全員のお腹を満たすことはできません。
今は平時に合わせて、企業が一番利益効率の良い流通方式を選んでいます。
その中で、ブランド感の出せるものは高くても国産で、中身が問われないものは海外の輸入品を大量購入して、物流効率の良い方法で調達しています。
ただ、国際紛争や大規模災害、あるいは異常気象等による有事には、やり方を変えねばならないでしょう。
そんな有事に合わせた食糧自給や、流通を想定し、準備をするのが行政の役割だと思います。

■あるべき自給の姿

もっと言えば、今世界で食糧は24億トン生産されています。そして、これは全人類70億が生きていくために必要な食糧の実に2倍だと言います。
ところが、世界では1年間に1500万人以上が飢餓で亡くなって、その7割が子どもたちです。
では、それらの子どもたちの口に入らなかった食糧はどこに消えてしまったのか。
この日本では、年間5400万トン食糧を輸入して、1940万トン捨てています。そして、この廃棄した食糧で、実に5000万人が1年間生活できます。
と言うことことは、日本の廃棄量の3分の1を回すことができれば、世界に餓死者はいなくなります。
ましてや、これに先進各国の数字を合わせれば、飢餓で死ぬ人がいること自体、まさに体制や物流の問題と言えます。
とは言え、今夜の夕食の食べ残しや、冷蔵庫の余った食材をアフリカの子どもたちに送る訳にはいきません。
さらに、食糧援助しても、それが一般民衆まで行き渡らないのは、現地の国家体制の問題が大きいのです。
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ならば、一つアイディアがあります。
私たちが毎日過剰に摂取してもいるカロリーを少し減らし、その分をお金にして人道支援してはどうでしょうか。
食品メーカーや、外食産業が、健康のために内容量を少し減らして、生産コストが下がった分人道支援を行う「思いやり商品」を作ります。そして、これを世界中で売り出すのです。
その支援金を国境なき医師団のような中立的な団体に委託し、支援物資が間違いなく必要な人たちに届くように各国がサポートをします。
それでこそ、今まで人類が目を背けてきた問題とキチンと向き合うことになると思います。
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食料自給率の問題は、ともすれば日本一国の存続ばかりを焦点に語られます。しかし、人類全体が飢えることなく、安定的に食糧を口にできるよう世界的視野で考えるべきではないでしょうか。