今日学んだこと

分かっていることは書かない。分かっていないから書いて学ぶ。だから「今日学んだこと」なのです。

天 その人にわざわいするは、天 いまだその人を棄てざるなり

(写真:セントレア その1)

■藤原藤房と言う人

鎌倉、南北朝時代に、藤原藤房と言う貴族がいました。
その藤房の言葉が今に残っています。
『天 その人にわざわいするは、天 いまだその人を棄てざるなり』
この藤原藤房とはどんな人物だったのでしょうか。
この人は、後醍醐天皇の側近だった人物です。後醍醐天皇は、鎌倉幕府の倒幕を画策しました(元弘の変)が、事前に露見し隠岐に流されています。
そして、後醍醐天皇を助け、追手から逃がそうとした藤房も捕らえられ常陸へ流されたのです。
その後、後醍醐天皇は隠岐から脱出し、それに諸将が呼応。ついに鎌倉幕府は倒れ、建武の中興と呼ばれる天皇親政を復活しました。
その中、恩賞方の筆頭だったのが藤房です。
しかし、行賞の不公平さに失望し出家をしています。
高位の官職を得たり、忠義に殉じて流しものにあったり、浮いたり沈んだりが激しい人生だったようです。
そして、流しものにあって苦渋に沈んでいる時に、歯を食いしばって気持ちを鼓舞した言葉だったのではないかと推測されます。

■過酷な定めを後悔しない

藤原藤房は、忠義ものの鑑とされている人物です。
実際に、主人である後醍醐天皇の企みに加担したかどうかは分かりません。しかし、ことが露見した後も天皇に付き従い、逃がそうとして最後捕まっています。
『官位を剥奪されて、流しものにあったが、それを決して後悔しない。むしろ、正しいことをして受けた定めならば、天から褒められていると思って良い』
藤房の言葉が、そのように読めてきます。

■波にもまれるは、動いている証拠

藤房の当時は、天が人に定めを与えると言う思想が信じられていたのでしょう。
『人に恥ずるとも、天に恥ずることなかれ』とか、『人を相手にせず、天を相手にする』とか。
うたかたの人間相手に節を曲げて、一時的に良い目を見ても、それは天(あるいは、普遍的な道義、真理)に反しているから、最後は決して幸せになれないのだ、そんな思想が感じられる言葉が多く残っています。
私も、毎日生きている中で、嘘をつかなければならないことや、相手を誤魔化さなければならないことがあります。
そんな時心の中では『ああ』と思います。しかし、『ああ』と嘆息しても、嘘や誤魔化しもなければ世の中が回らないのは身に染みています。
例えば、車の査定額。30万の価値がついても、業者は10万くらいと言うかも知れません。そうしないと、業者は生きていけませんから。
そのように、多少の嘘や誤魔化しを飲み込みながら、お互い生きているのが人間です。
しかし、これを偽ったら自己否定になる、自分の信念を裏切ることになる。
そんなことはあります。
その時に、不都合を承知で自分の正しいと思うことを通す。
そうすれば、風当たりも強くなりますし、不利益も被ります。
それは、ちょうど波風にさらされているようなものです。
しかし、港に停泊している船に波風は当たらず、外海に進んだ船にこそ波濤はぶつかるのです。
波濤を受け、波風に揉まれるのは、ちゃんと正しい道を進んでいる証拠ではないでしょうか。

■未来を開く

さらに藤房は、恩賞方の筆頭だったにも関わらず、行賞が不公平だからと、恩賞を辞退し、またせっかく取り戻した官位も捨てて出家しています。
おそらく藤房が不満に思ったのは、自分の恩賞に対してではなかったでしょう。
むしろ、ともに苦しい中、後醍醐天皇のために頑張った仲間に対する恩賞が、不当に低いことに憤ったものと思われます。
ここで口をつぐんで、自分が貰えるものだけ貰っておけば良いものを、わざわざ人の為にそれを投げ出すようなことをしています。
なかなかできることではありませんし、いかにも、藤房らしい言動です。
『天 その人にわざわいするは、天 いまだその人を棄てざるなり』
天の災い、すなわち苦難、困難、災難です。
苦難、困難、災難は、未だ天が自分を見捨てていない証拠である。
『まだまだ、お前は頑張れる。
まだまだお前はやれる。
まだまだお前は成長できる。』
苦しい時、辛い時、そして迷った時に、藤房はそんな声なき声に押されて気持ちを奮い立たせたのでしょう。
苦しみ、悩みは、動いている証拠、頑張っている証拠。
そして、正しく生きている証拠です。
迷った時、辛い時に思い出したい言葉であります。