今日学んだこと

生きることは学ぶこと。オレの雑食日記帳。

クリエイターの毎日はワークの塊

(写真:名古屋市科学館にようこそ)

■クリエイターの武器

デジタル化の時代、これからは私たちのスキルに対する評価がガラリと変わります。
音楽でも、写真でも、果ては造形や、絵画に至るまで、ソフトウェアの力を借りれば、私たち素人でも、それなりのものを生み出すことができるからです。
有名な作曲家の人、さぞスタッフを抱えて共同作業かと思えば、自宅にこもって孤独な作業をしています。ギターも、ピアノも、譜面紙もなく、ひたすらコンピューターに打ち込んで作曲をする。さらに、いろんな楽器の音色を乗せて、オーケストラ演奏のシュミレーションまでこなします。
あとは、完成したものを依頼者がチェックして、OKがでれば、実際のオーケストラに演奏させて収録をします。
ある意味、音楽的な素養があれば、音楽を作ったり、演奏するのに、楽器の演奏技術はいりません。
いや、もっと言えば、音楽的な素養も機械が助けてくれるかも知れません。ボサノバ的にとか、ジャジーにとか、メンデルスゾーンみたいにとか。
そうすると、人間が時間かけて身につけなくてはならなかったいろいろな技術は、機械が代替するようになります。
あと、残るのは「アイディア」、つまり、発想力がクリエイターの最大の武器になるのです。

■発想の罠をどこに仕掛けるか

発想、思いつき。
良いアイディア。
人が良いアイディアを発表すると、「あっ!そう来たか!」と悔しくなります。
まるで、iPhoneを見たソニーのように。
「分かっていたら、幾らでも作れたのに」
しかし、後から、地団駄踏んでも手遅れです。
聞けば、iPhoneを構成している部品の中には、日本の中小企業の技術も多いとか。
と言うことは、ソニーも普段からお付き合いしていた会社だった訳です。
作る技術が無かった訳じゃない。
作ろうと言う発想が無かったのです。
そして、発想とは、ロジカルに組み立てて生まれるものでもなければ、ひたすら技術を磨いて得られるものでもありません。
むしろ、発想が湧いてから、ロジックを使って検証したり、技術的根拠を求めるもので、言わばそれらは後付けなのです。
そう、まるで発想とは、野生動物のようなもの。いつ、どこに現れるかも分からなければ、無理に追いかけ回したら遠くに逃げていってしまいます。
でも、気がつけば、ほら、目の前にいる。
そこから慌てて、網を取りに走っていたら間に合いません。発想とは、罠を仕掛けて捕まえるものです。
ならば、その罠はどこに仕掛けたら良いのでしょうか。

■場所を絞ってジッと待つ

罠を仕掛ける場合、やはり動物の通らないところでは意味ないですよね。
事前に下見して、糞が落ちているとか、よく見かけるとか、そのように動物が通る場所に仕掛けなくてはなりません。
しかも、罠にも限りがあるので、あそこに一つ、ここに一つと言う訳にも行きません。
また、今日はここ、明日はここと、頻繁に仕掛ける場所を変えていては、なかなか獲物を捕らえることはできないでしょう。
やはり、動物がよく通るところを絞りこんで、後は一定期間ジッと待つ。
今日、獲物がかからなくても、明日か、明後日かかるかも知れません。
それで、一週間とか、二週間とか、待ってみても収穫がなければ、そこで初めて場所を変えてみる。
発想も同じだと思います。
発想の罠を仕掛けるとは、発想を得たいことの引き出しを沢山作ることです。
アイディアとは、つまるところ「すでに世の中にあるもの同士を組み合わせて、全く世の中にないものを生み出す」ことです。
言わば、ブレンドです。
ならば、調合する材料は沢山あれば良いですよね。
でも、少しかじっては次、少しかじっては次を繰り返していたら、少しも知識は深まらず、半端で使えない材料ばかりになってしまいます。
それに、私たちの仕掛けられる罠の数、つまり発想の材料を仕入れる時間にも限りがあるので、どうしても罠を仕掛ける場所を搾って継続的に取り組まねばなりません。

■クリエイターの毎日はワークの塊

クリエイターと聞くと、発想やアイディアが降りてくる人、まるで天の声を聞ける特別な人と思われていますが、実態は違うようです。
昔、クイズダービーと言う番組が放送されていました。芸能人や著名人をクイズの回答者にして、一般公募された参加者が、与えられた持ち点を、正解しそうな人に「何千点」と張り込むのです。後は競馬と一緒で、正解しそうな回答者は手堅いのですが、点数が集中するのでリターンはそれなりです。また、正解しそうにない回答者は、いわゆる穴馬でリスクは高いのですが、当たれば大きなリターンがあります。まるで、回答者を馬に見立てて、参加者に張り込ませる競馬仕立のクイズ番組だから、クイズダービーだったのです。
さて、その回答者の中に、漫画家のはらたいら氏がいました。
氏の漫画は、いわゆる風刺もので、線も少なく、ストーリーもない、まさにネタで読ませる作品でした。
そして、そのはらたいら氏のクイズダービーでの博識ぶりには日本中が舌を巻きました。
とにかく分野を問わず、知らないことがないのです。
それで、「漫画家とは、絵がうまいだけでは務まらない、博識でなければやっていけないのだなあ」と感心したものです。
でも、これは、はらたいら氏が自分の漫画の連載を続けるため、ネタを拾い続けた成果だと思います。
毎日新聞を読んで、週刊誌にも目を通し、どんなに忙しくても本は何10ページ以上読もう、とか。
それを何10年と繰り返した結果が、あの博識と言う結果に現れたのでしょう。
それから分かるのは、優れたクリエイターは、決していきなり現れるのでない。
もちろん、才能は必要ですが、その上でワークを積み重ねる。クリエイトに関する技術の習得はもちろん、発想を得るための知識の収集を怠らない。
それを正しく絞りこんで、日々継続するからこそ、獲物が罠にかかるように発想にも恵まれるのでしょうね。
見習いたいと思います。