今日学んだこと

分かっていることは書かない。分かっていないから書いて学ぶ。だから「今日学んだこと」なのです。

手に入りやすいけど、手に入らないもの

(写真:猫のいる風景)

■手に入りやすいけど、手に入らないもの

「手に入りやすいけど、手に入らないもの」があると言います。
何でしょうね。
手に入りやすいなら、みんな持っていて当然ですし、手に入らないことはおかしいですね。
でも、実はこれ、消費者の需要を喚起する手法の一つなのです。
手に入りやすい、つまり、普通にお金を払えば誰でも手に入る。しかし、そのどこにでもあるものに特別感を出すと、途端に消費者は目の色を変えて飛びつくそうです。
例えば・・・、
地域限定◯ッキーとか。
◯まい棒明太子味とか。
◯まい棒は、スーパーで数十円で売っています。だから、皆さん少なくとも一度は口にしているでしょう。もちろん、知名度もあります。
しかし、「明太子味は博多でしか買えない」となれば、その知名度と相まって、「これは買わなきゃ」と手が伸びます。
一般品はどこでも買える。でも、地域限定品はそこでしか買えない。
つまり、うまく「手に入りやすい」ものを「手に入らない」ものに変えた演出ではないでしょうか。

■クレーンゲーム

他にもありますね。
例えば、食玩などは良い例です。
もし、食玩のおまけが普通に売っていたら買いますか?
まず、買わないでしょ。
お金をを出してまでは買わないのは、それほどにありふれたものだからです。
また、買う前に中身が分かっていたら、あまりそそられることはないでしょう。
シリーズになっていて、買ってみなければ何が入っているか分からない。せっかくお金を払っても、同じものを二つ買ってしまうかも知れない。あるいは、必ずレアものがあって、それに当たれば自慢できる。
この「手に入りやすいけど手に入らない」距離感にまんまと乗せられて、大人買いする人が続出しました。
メーカーからすれば、まさにしてやったりです。
クレーンゲームもそうです。
知り合いにマスタークラスの人がいますが、それまで相当投資したそうです。
でも、クレーンゲームの景品は、どう見ても原価100円までいかないものが多く、かなりの頻度で取られても、おそらく赤字にはならないでしょう。
現に、マスターの彼に「店で100円で売っていたら買う?」と聞いたら、「まず買わない」と言う返答でした。
でも、「クレーンゲームで取ったから価値があるんだ」とも言っていました。
お金を出してまでは買わないものに、ゲームでなければ手に入らないと言うプレミア感を出している訳ですね。
これも、「手に入りやすいけれど、手に入らない」戦略の好例です。

■男と女

翻って、今度は男女のこと。
誰でも、適齢期になると結婚を考えます。
その時、パートナーとしてどんな相手を意識しますか?
やはり、イケメン、美人ですか?
もちろん、まだ年齢が若くて余裕のある場合は、いくらでもそんな人たちに恋心を抱くことはあるでしょう。
しかし、実際に結婚となると、可能性の低い高嶺の花を追いかけて何年も時間を費やす訳にはいきません。
自然に、自分の身近な、あるいは話しやすい、また自分がつりあっていると思う相手に声をかけます。
(私も、自分につりあった相手だと思っていましたが、「それは勘違いだよ」と散々後から周りに言われました。)
「この娘なら大丈夫だろう。即OK貰って、1年後には結婚か」と、想像を膨らませます。そして、そんな思いに後押しされて、出ない勇気を振り絞ってプロポーズをします。
ところが、女性もそんなに簡単にOKは出しません。
女性は、男性に比べるとより冷静に相手を値踏みします。果たして、この人と一生暮らしていけるだろうか、と。
だから、憎からず思いながら、敢えて返事を保留します。しかし、これは男性からすると、思わぬ肘鉄を食わされたようなものです。
今までは、「俺の方で妥協している」とか「手に入りやすい相手」くらいに思っていたのが、急に「手に入らない相手」にランクアップです。
と言うことは、男性の中で相手に対する評価が急に上がる訳です。そうすると、このレアな彼女となんとしても結婚したい、と俄然馬力がかかります。
そうして、男性の猛アタックを見て、この人ならと女性が心を決めます。
かくして、めでたくゴールインと相成りますが、果たして相手が高嶺の花であったり、すんなりOKしていたら、こうもうまく行ったでしょうか。
これも、「手に入りやすいけれど、手に入らない」女性の演出の妙です。

■人生

では、最後に少し趣を変えて、「手に入りやすいけれど、手に入らない」人生とはどんなものでしょう。
手に入りやすい人生、それは可も不可もない平凡な人生。普通に生きていれば送ることができそうな人生です。
では、それはどんなものでしょうか。
〜・〜
小学、中学、高校と地元の学校に通い、その後大学で4年過ごした後、それなりの企業に就職。20代の終わりで結婚して、数年のうちに2人の子供に恵まれる。
30代で家を建て、ローンの支払をしながら、管理職まで昇進し、やがて60歳、ないし65歳で退職。
その退職金と年金で、その後10年か20年の間、趣味を生かした生活を送り、そして死ぬ。
〜・〜
なあんだ、夢も希望もないね。普通にやっていれば誰でも送れるじゃん。
おそらく殆どの人がそう思います。また、こんな人生嫌だなあ、と若い人は思うでしょう。
そう言う意味では、「手に入れやすい人生」です。
しかし、こんな平穏な人生を送ることは、とても難しいのです。
人生の途中には、災害もあれば、事故もある。必ず病気が待ち構えていますし、身内の不幸もあります。
だいたい会社に無事何十年置いてもらって、住宅ローンを払い続けることすら至難の時代になりつつあります。
逆に、人生のチャンスをつかんで、大金を手に入れるとか有名になる人もいます。しかし、反対に平穏さとか、安心とか失うものも多いのです。
ですから、先ほどの平凡な人生の一本道を歩ける人は実際どれくらいあるでしょうか。
これが「手に入りやすいけれど、手に入らない」人生の姿なのです。
自分を振り返ってみれば、取り立てて優れている訳でなく、またダメな訳でもない。
大きな不幸にも遭遇せず、だからと言って成功をつかんでいる訳でもありません。ただ、この平穏な人生の一本道を進んでいます。このまま最後まで全うすれば、とても理想的な人生です。
しかし、これがいつまで続くと言い切れるでしょうか。本当はとても手に入れ難いの人生なのです。
だから、今の環境によく感謝して、やがて訪れるであろう衝撃にも備えられる強さを身につけたいと思います。