今日学んだこと

分かっていることは書かない。分かっていないから書いて学ぶ。だから「今日学んだこと」なのです。

中傷とは、時に自分の強みを教えてくれる

(写真:古戦場跡 その2)

■中傷とは、時に自分の強みを教えてくれる

人間とは、中傷をする生き物だと思います。
人の中傷をしたり、あるいは聞いたりするのが大好きで、今まであまり話に加わって来なかった人まで、その場にいない人の中傷が始まると、俄然勢いをつけて発言し始めます。
何故でしょうね。
日頃感じていた鬱憤のはけ口でしょうか。
あるいは、人を中傷することは、相手の価値を貶めることなので、その分自分が偉くなった気がするからでしょうか。
いずれにしろ、私たちは、どこかに中傷のネタがないか、鵜の目鷹の目で探しています。
大衆雑誌などは良い例で、人の中傷をすればするほど売れます。それは、そう言う話が大好きで、買ってくれる我々のような人間がいるからです。
しかし、今度は中傷をされる側に立たされたらどうでしょうか。
私たちは、人のことを平気で中傷する癖に、自分もどこかで中傷されていることを忘れています。今、この瞬間も。
そして、それが耳に聞こえてきたら、ドーン!と重いものがお腹にのしかかりませんか。途端に夜眠れなくなり、食事も喉を通らなくなります。
言う方は何の気なしにしている中傷も、言われる方は堪りません。
でも、そんな辛い中傷にも「自分の強みを教えてくれる」と言う効用があるのです。

■人は自分と異質を忌み嫌う

何故、中傷が私たちの強みを教えてくれるのか。
それは、中傷を受けるのは、私たちが他の人と違っている部分だからです。
人間は異質を嫌います。
例えば、50過ぎのご婦人の会話で、友達の一人が槍玉に上がっています。
「あまり、言いたくないんだけれど、あの人、もう少し自分の歳を考えたら良いんじゃない。」
「えっ、◯◯さん。」
「そう、だって、あの人私たちと同い歳なのに、未だに丈の短いスカートっていうのはどうなの?」
「確かにね、いつまでも自分の年齢が自覚できないのはイタイはね。」
と言う感じで、友達のスカート丈が短いのを中傷しています。
そして、彼女たちは、とてもそんな気持ちになれない自分たちに対して、渦中の女性の異質さ責めています。
よくある会話ですよね。
でも、これは中傷ではありますが、この女性の強みを浮き彫りにもしているのです。
それは、丈の短いスカートが履けると言うのは、それだけ見た目も若々しくて、足の形がスッキリとキレイだからです。
これは、同世代の女性に対して、たいへんなアドバンテージではありませんか。

■片目の猿

異質であること、それは必ずしも恥ずべきことばかりではありません。誇っても良い異質さもあるのです。
それを分かりやすく教えた話にこんなものがあります。
〜・〜
海に流された猿が、命からがら陸から遠く離れた島に流れ着きました。
すると、そこも猿がたくさん住んでいる島だったのです。
喜んだ猿でしたが、やがてこの島のおかしなことに気がつきます。この島で会う猿、会う猿、どれも左目が潰れた片目の猿なのです。
おそらく、この島に片目の猿のツガイが流れつき、繁殖したのでしょう。
しかし、この島で両目あきの猿は自分だけです。
「や〜い、おかしな奴がいるぞ。両目の猿だ。」
なんと、片目の猿たちからは、行く先行く先で囃し立てられ、ついには石まで投げつけられます。
なんと言うことでしょう。
正常なのは、自分の方なのに。障害を抱えているのは彼らの方なのに。
しかし、周り中からスッカリ不具者扱いをされた両目の猿は、自ら左目を岩にぶつけて潰してしまいました。
そして、自らも片目の猿になって、喜んで彼らの仲間に入ったと言います。

■折れない心

いかがでしたか。
それが正常であるとか、不具であるとか関係なく、自分たちと異質であるから片目の猿たちは許せなかったのです。
理屈の上では、あるいは社会通念上、自分の方が正しいのに、周りがそれと異なる価値観を持った人ばかりだと、なんか自分の方が悪いことをしている気持ちになりますね。
例えば、人一倍スキルが高くて、定時までに完璧に仕事を仕上げられる力を持ちながら、夜遅くまで頑張っている人が多い職場だと、早く帰ることが憚られる。
でも、残業代もかけずに、パフォーマンスの高い仕事をしてくれる方が、会社にとっては良い社員に決まっています。
だから、無理に周りに合わせて、ゆっくり仕事をしたり、あるいは用もないのに定時後まで残っている必要はないのです。
しかし、その異質性を責めてくる先輩や同僚がいるかも知れません。
でも、その中傷こそが、自分の高いスキルの証明です。
決して、周りの中傷に折れず、自分の強みを生かして、彼らには到底届かない世界まで行きたいものです。