今日学んだこと

分かっていることは書かない。分かっていないから書いて学ぶ。だから「今日学んだこと」なのです。

一般論と言う避難所

(写真:紅色の季節)

■ストレングス・ファインダー

『自分が何者なのかはっきりしないと、他の人は何者かということにも関心がなくなり、学歴や性別や人種など表面的なことだけで人を判断するようになってしまう。一般論という避難所に逃げ込むようになるのである。』
(マーカス・バッキンガム & ドナルド・O・クリフトン著 『さあ、才能に目覚めよう』より)

ストレングス・ファインダーと言うテストをご存知でしょうか。
上の文章は、そのストレングス・ファインダーについて書かれた本からの引用です。
まず、ストレングス・ファインダーについてご説明します。
ストレングスとは「強み」のことです。
ファインダーとは、ご存知の通りカメラで撮影する際に使用する覗き窓を言います。
つまり、自分の強みに焦点を当てて、自分を知ることを助けるするテストです。
文中に『自分が何者かはっきりしないと』とありますが、自分か何者かはっきりしないとは、自分の強みが分からないことです。
自分の強みが分からないと、本来誇って良いことを卑下して、自己評価を下げているかもしれません。また、本来自分が強みでないことで虚勢を張って疲れてしまっているかも知れません。

■アンマッチ

例えば、自分ならどうでしょう。
自分は生来の強面のせいか、人を威服する力があると思われてきました。
そして、リーダーシップを発揮することを期待されがちです。一つには、割と器用なところがあり、人よりわずかに仕事を早く、そしてキレイに仕上げられたからです。
当然、下の人に同じスキルを展開できれば、チーム全体のスキルがアップすると期待される訳です。
ただ、残念ながら、いまだかつてチームをまともに動かせた経験がありません。そして、それはおそらく、人の顔色を見過ぎるからだと思っています。
つまり、自分が発した言葉が届いているかいないか、とても気になります。だから、相手の反応が悪いと途端にテンションが下がり、自信なさげな表情をします。
そんな自信ないリーダーには従い辛いですよね。
さらに悪いことに、私は世間のリーダーのステレオタイプを盲信していたのです。
それは、強面で部下を従わせる強いリーダー像、「上に立つものがそんな弱腰でどうする!」と周りから押し付けられたリーダー像でもありました。
だから、無理に強面で指示を通そうとする。
すると、どうでしょう。
自信がないくせに、やたら虚勢を張りたがるリーダー、頼りなくて、うっとおしくて、嫌なヤツ。
自分だって、そんな人間になりたかった訳じゃない。しかし、ステレオタイプを盲信して、自分の本来の能力とのアンマッチを起こしていました。
そして、自分にリーダーシップは無理だと言う考え方に傾いていったのです。

■ステレオタイプからの脱出

しかし、最近分かってきたのは、リーダーにもいろんなタイプがあって良いと言うことです。
自分の言葉が届いているか、いないか不安でしょうがない、それはある意味欠点ですが、見方を変えれば長所です。
なぜそうなるか?
自分の言葉が届いているか、どうか気にすることは、情報の発信者にとっては大切な資質です。なぜなら、自分の発した情報を相手が受け取れるかどうか、そこにこだわりがなければ、よい発信者になれないからです。
取り敢えずやりました的なメッセージを受け取っても、それで心が動くことはありませんね。私の場合、昔はプログラマーでしたから、お客さんの使い勝手にはかなりこだわりがありました。相手のことが気になって、不安でしょうがないところが、製品の品質を上げるのに役立っていた訳です。これも、私こその長所ではないでしょうか。
また、メンバーに対して、上からモノが言えなくても、課題を共有し、やり方を提案する。分からなかったら素直に頭を下げ、困っている時には、すぐ手を差し伸べる。
リーダーならビジョンを示せ、メンバーを引っ張れ、威厳を示せと言われますが、むしろメンバーに奉仕するタイプだったり、反対に頼りなくて助けてやりたいと思われるリーダーの方が向いているかも知れません、
リーダーと言っても、その人その人で特性を活かせば良い訳で、こうでなくてはならないと言うステレオタイプに囚われなくても良いのです。

■一般論と言う避難所

ここまでの内容でお分かりいただけたと思いますが、要は、自分が囚われていたステレオタイプこそ、「一般論と言う避難所」です。

「自分が何者なのかはっきりしないと」
・・・自分の強みが分からないと。
「他の人は何者かということにも関心がなくなり」
・・・素直に人の特性や、長所を認めることができなくなり。
「学歴や性別や人種など表面的なことだけで人を判断するようになってしまう。」
・・・単一のものさしで計って、優れているとか、劣っているとか言い出す。つまり、財布の厚みや年収、社会的ステータス、あるいは職位や人種などの表面的なことで、卑屈になったり、差別し始める。
「一般論という避難所に逃げ込むようになるのである。」
・・・世間の大勢が勝手に作り上げた単一のものさしで計り、計られ、それ以上考えることを止めてしまう。

しかし、自分の強みを自覚できれば、同時に自分の持たないものを持っている他人をリスペクトすることができるようになります。
そして、単一のものさしに縛られず、自分が持っているもので尊大にならず、持たないもので卑屈にならなくて済みます。
自分の強みを知り、しっかりとした自信を持てれば、他人をリスペクトし、利点を生かすことができます。そして、協調して大きな成果を残すことができるのです。
その為のストレングス・ファインダーです。
本の宣伝をする訳ではありませんが、興味が湧きませんか?